皆さん
お久しぶりだね。
私は、毎年、今頃になると幼い時に死に分かれた姉の事を思い出します。
姉は幼かった私を本当に可愛がってくれました。
その姉が、昭和二十年八月七日、豊川海軍工匠の空襲で戦死してしまったのです。

姉が避難していた防空壕に米軍機が落とした爆弾が命中したのでした。
当然の事ながら姉の遺骨はありませんでした。
そんな状態で亡くなった姉が神様になって靖国神社に祭られているとは私は信じられません。
私たち家族は、毎年八月七日には豊川稲荷の裏にある豊川海軍工匠殉難者供養塔に参詣しています。
こんな暑い日に姉は逝ったんだね。
姉の冥福を祈ります。
昨日、私は本山に行って来ました。
私は常日頃決めている事があります。
「私は仏様にはお願いは絶対にしない!」
私は歴史が大好きです。
鎌倉時代に法華経が正しいと主張して、種々の大難にも一歩も怯まず、生涯、御自身が決められた道を歩まれた日蓮大聖人、
私が最も尊敬申し上げている人物です。
だから、私も重度障害に屈する事なく、自身の無限の可能性に挑戦して来た。
いや、臨終の瞬間まで私は自身を鍛え続けるでしょう。
私は全盲だけど不幸だとは決して思わない。
PCを収得する時も大変だったけど、今は懐かしい思い出になっている。
私は常々考えている事があります。
それは私たち障害者とボランティアをされている人たちとの関係についてです。
今日も、あるサイトで知り合ったボランティアさんと話したのだが、最近は障害者がボランティアに対して感謝の心が薄く、横柄な態度で接し、ボランティアが悩んでしまう場合が多いと言われていました。
なぜ、障害者がそうした態度をとるのか?
私は現今の福祉政策に起因しているのではないかと考えます。
今の福祉は、障害者の自立を阻害しています。
私たち視覚障害者は按摩や鍼灸で生活して来ました。
しかし、その按摩や鍼灸の業界も健常者の進出によって視覚障害者は廃業の瀬戸際に追い込まれているのです。
未来に希望を失った障害者の怒りははけ口がないのが現状なんですよ。