「いま、ここ」から「日本の安全保障」を考えるとしたら、それは沖縄の現状を見なければとおもう | 多弦Gutarist Tominha の部屋

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10弦・11弦という普通派では見ることがない多弦なギターを弾くギタリストTomonari.Cのブログ。音楽はもちろん、映画やら小説やら政治やら、思いつくままに書き連ねています。

 一昨日、昨日と続いて、NHK「あさイチ」は沖縄の基地の現状を特集。忙しい時間帯ではあったが、なんとか最後まで見ることができた。
 この特集のレポーターは「アッキー」の愛称で呼ばれる篠山輝信君、写真家篠山紀信の息子――というより僕らの世代なら「南沙織さんの息子」といった方がわかりやすいか――、である。
イメージ 1 初日は途中からしかみれなかったのだが、番組の中でアッキー君はその彼自身が子供のころに育しょっちゅう訪れていた「おばあちゃんち」(つまり、南沙織さんの実家ですな)を訪れる。それは宜野湾市、つまり今移設で問題になっている普天間基地の目と鼻の先にある。(ということは南沙織さんはその基地と背中合わせの家でそだったわけだ)そんな宜野湾市と普天間基地の状況を伝え、「オスプレイ」の発着を目撃し、普天間基地を一望できる「嘉数の丘」に登り、レポートをする。その視線と語り口は非常に素直であり、自然だった。さらにここ宜野湾市は沖縄戦で最初に激戦が闘われた場所であることが紹介され、その戦闘中に「防空壕」として使用された民家の玄関先にある「ガマ」への入り口をあけ、中に入ったりする。
 井戸の途中にある横穴から広がるそのガマは高さが1メートルほどだが、面積は意外に広い。それでも沖縄戦の時に2ヶ月半も30名近い人がそこに隠れていたという現実はやはり衝撃的だ。中にはそれに耐えられずに外へ出ていき帰ってこなかった人もいたという。その家に暮らす74歳の男性にはそのころの記憶がない。だが、両親などからは「泣くと手で口をふさがれたということは何度もあった」といわれているという。この男性ももうちょっとで「集団自決」の犠牲者になったかもしれないのである。
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 一昨日の方はいわば「沖縄の基地問題入門編」というか、「基地の現状」「沖縄戦の記録と記憶」を知るという高校生の修学旅行などでよくやられているレポートともいえるが、昨日のテーマは「返還された基地がどうなったか」と「辺野古の今」である。前半では今や沖縄本島一のショッピングセンターとなっている北谷の「ハンビータウン」や、「基地を農地に変える」をテーマに進められている読谷村の現状がかなり詳細にレポートされた。
 そうやって「国道58号線」を北上し、やってきたのは名護市辺野古。
 ここまで来ると、さすがにアッキー君のレポートも、そしてスタジオ内の空気も重い。地元の人にインタビューを試みるもほとんどの人に断られ、キャンプシュワブワブのゲート前で座り込みを続ける人の内インタビューとして放映したのは沖縄市と宜野湾市から参加している人の二人だけ。「基地をつくる、つくらないで19年間翻弄されてきた地元」というコピーが何回か出て、「苦渋の決断」だが「地元の将来を考え、基地を受け入れる」という30代と思われる地元の男性の声が紹介された。視聴者からの「お便り」もどちらかといえば「移設賛成」や「この番組は偏向しているのではないか」「反対派の声ばかりをなぜとりあげるのだ」というものが多く紹介される。
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 こういうところを捉えて、「やっぱりNHKはだめなんだ」と思う人も多いだろう。確かにこの辺野古の件だけ見ると「この番組は『辺野古移設反対』を訴えるものではありません」というテロップでも流れそうな勢いで、ことさらに「公正中立」を強調しているような気も確かにする。
 しかし、番組全体として見れば「ハンビータウンや読谷村のように、基地の跡地利用での『町おこし』は着実に進んでいる」という現状の説明がまずあり、「そのために沖縄県野経済の中で基地への経済依存度は72年の返還当時の15パーセントから5パーセント未満に減っている」ことが説明されたあとで、辺野古の現状が紹介される。だから、「(辺野古)への基地受け入れは高齢化と人口流出によってさびれていく地元の将来のため」の「苦渋の決断」という「地元の声」が紹介されても、多くの人は(とくにこの「あさイチ」を毎日見ているよな人たちは)「基地なんて持ってこないで、リゾート開発でもすればいいのに」と思うようなつくりになっている。測量用のブイが浮かぶ辺野古の海を見て「うわー、きれいだなあ」と叫び、「この海が埋め立てられて基地になるとしたら、シンプルにもったいないですよね」というアッキー君のコメントはそんな人々の声を代弁しているように思われた。
 沖縄の「いま」をふまえれば「沖縄に基地は必要」であり「普天間移設は辺野古なしにはありえない」ということを主張するのはよほどの偏った考え方の持ち主であるか、それともよほどの「利害関係」があるか、どちらかなのだ、という結論が自然に出てくる。いくらスタジオ内でのトークで「いろんな意見がある」とか「反対・賛成のどちらかに割り切れないのが地元の気持じゃないか」と「政治的配慮」をしても、アッキー君のような「シンプルな答え」の持つ説得力を消すことはできないのである。実際、番組終わりのシーンで芸人であるコメンテーターが、訪米して「辺野古移設反対」を訴えようとする翁長知事のことをあてこすって「スタンドプレーですよね」といったとき、彼のコメントは極めて「浮いて」見えた。見事に「すべった」。それは皮肉なことに安倍政権をはじめとする「辺野古移設強行」を叫ぶ人々のスタンスを如実に示しているように僕は思った。
 「あさイチ」の沖縄特集は、政治的スローガンとして「基地絶対反対」を訴える人には満足のいくものではなかったかもしれない。「本土」で沖縄の基地問題に関心を持っている人の中にも「やっぱりNHKだから、こんなものだ」という声が聞こえてきそうだ。「本土」に住み、沖縄の基地問題についての誤解や無関心を肌で感じている沖縄の人々からすると、いったいいつまでこうした「入門編」をやらないといけないのか、と苛立ちを感じることもあると思う。読まれた「お便り」の中には「沖縄の人の怒りは無関心である本土の人にも向けられていることを判ってほしい」というものがあった。
 僕は確かにそう言えなくはないと思いつつも、今国会で「集団的自衛権容認」に基づく「安全保障法案」の委員会審議が行われていて、しかもその審議の国会中継はこの「あさイチ」の直後にやられるというシチュエーションで、あえてこうやって「沖縄の基地問題」を二日間に渡って特集する、その意義は非常に大きかったと思う。
 今、国会では「戦争に巻き込まれる危険性」があるのかどうか、そして「どんな時に自衛隊は出動するのか」を巡る論戦がやられている。安倍首相は「今や一国で平和を守れる時代ではない」として「日米同盟」こそが「平和の基軸である」から「米国の支援をするために集団的自衛権を行使する」のだという。
 しかし、アメリカはずっと日本の「同盟国」であったわけではない。それどころかわずか70年前までは「敵国」だった国である。その「敵国」であるアメリカは沖縄で「太平洋戦争史上最も激しい」ということはもっとも残虐な「地上戦」を行い、多くの沖縄の人々を殺戮した。アッキー君が入ったような「ガマ」が日本軍の塹壕と使われていると見るや手りゅう弾を投げ込み、火炎放射機で焼き尽くしたのが米軍である。今も多く残る沖縄の米軍基地は、彼らにしてみればそうした激戦の末に奪い取った「陣地」であり、「勝利の証し」なのである。アメリカ合衆国は「勝利者」として沖縄を占領し、自分たちの都合で沖縄の時を切り取り放題にした。その歴史が今も続いているということなのだ。
 このところ力を増してきた「歴史修正主義」の人々は何かというと、戦後日本の歴史は「自虐史観」に覆われているという。アメリカ合衆国の手で「自虐的な憲法」を押し付けられ、戦前の日本を貶める教育を強いられたという。しかし、彼らがこの沖縄の戦後について何かものを言っているという話はついぞ聞かない。
 70年前に沖縄戦で大量虐殺(あえてここではそういいたい)した米軍と今の米軍の間に大きな差異はない。少なくとも日本のような「反省」をアメリカ合衆国はしたことがない。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、そして2001年9・11以後のアフガニスタン侵攻やイラク侵攻とやっていることの基本に変わりはない。あるとすれば自国の兵士の戦死や精神的荒廃を少なくするために、できるだけ「敵の顔が見える地上戦」を「当事国」に任せようとしているぐらいだ。
 米軍はそうやって第二次世界大戦終結後もずっと戦争をやり続けてきたそ、戦後世界でも稀な「特別の国」である。そのアメリカ合衆国につき従っていくことがどれほどハイリスクなものであるか、僕らは知らなければならない。
 そして、日米同盟を最優先し、そこを基軸に「日本の平和と安全」を考える限り、「沖縄の米軍基地」の状態も根本的には変わらない。少なくともアメリカ一辺倒の姿勢からの転換を考えない限り、米軍は「占領地」の「明け渡し」には同意しないし、これまでもしてこなかった。その意味でも「安全保障問題」を考えるとき、沖縄の歴史と現実は原点となるべきだ。そこに目をふさいで考えることはできないと思う。
(写真は順番に、普天間基地とその周辺の学校や公共施設を記した航空写真、判美タウンにある「アラハビーチ公園」、辺野古の基地建設予定水面、です)