テレビで「寄生獣」前編を見ました | 多弦Gutarist Tominha の部屋

多弦Gutarist Tominha の部屋

10弦・11弦という普通派では見ることがない多弦なギターを弾くギタリストTomonari.Cのブログ。音楽はもちろん、映画やら小説やら政治やら、思いつくままに書き連ねています。

 テレビで映画版の『寄生獣』前編を見た。原作はもちろん読んでるし、最近また古本屋(Book of)で買って読みなおした。なんとなく劇場に行くまでの気にならなかったので、映像を見るのは今日が初めて。
 テレビ枠二時間だから、劇場版からも相当カットされているんだろう、ということを考慮に入れて、まずは及第点! てとこかな~。
 原作は岩明均さんの名を天下に知らしめたのみならず、日本のSF漫画史上に残る不朽の名作だから、いかに最新のVFX技術やら、日本初のモーションピクチャー導入やらをしても、「よく頑張って原作の世界観を実写化したなあ」という感想以上のものは与えようがない。
 でも、「頑張った」ことは認めたいし、僕のように原作に強い思い入れがなければ、あるいは原作をほとんど知らない人ならば、「スゴイ映画!」だと思うんではないか。少なくとも『デビルマン』や『キャシャーン』が予想以上にひどい出来だったことに比べれば、全然いいと思う。
 監督の山崎貴というひとは、「大作映画」をどうやってつくるかを知っているようだ。僕が思うにその答えはとてもシンプルなもの。つまり手間暇とお金をかけて、いかに「本物らしい映像」を作ることができるか、である。かつてハリウッド映画が全盛であったころ、話題の映画はみんなそういうシンプルであるが故の「壮大なスケール」を持っていた。古くは『クレオパトラ』の「実物大のスフィンクス』や何千人ものエキストラを登場させてのローマ軍の行進がそうだし、『2001年宇宙の旅』や『スターウォーズ』のSFXの精度がそうだった。
 漫画は日本が世界に誇る素晴らしい文化のコンテンツだが、その世界は本当に深く広い。今では年間にもの凄い量の「漫画原作もの』が映像化されている。それを安易だと思う人は未だに多いけれど、その批判の矛先は原作の人気とAKBやジャニーズ系の人気をセットにすればヒットするだろうという映像企画側に向けられるべきであって、原作そのものはやっぱり売れるだけのことがある内容を持っている。『進撃の巨人』や「暗殺教室』はその筆頭だし、僕には共感できないところはあるが『ホットロード』なんかもこれが少女漫画誌に掲載されていることを考えると、やはり画期的な作品だと思う。
 話がそれてしまったが、『寄生獣』が及第点なのは、監督が困難とわかっているこの作品の映像化にあたり、原作の「世界観」と作品が持つ「絵柄の力」を忠実に再現しようとしたからである。
 文字というメディアしかない小説と違い、漫画は作者が「絵」というメディアをも駆使して表現するところに特徴がある。その「絵」は二次元の世界の「静止画」ではあるが、そうであるがゆえに、作者のイマジネーション次第でどんなふうにも描くことが可能である。
 「寄生獣』においては、人類だけを「捕食対象」にする「寄生生物」という設定と、高い知能を持つ彼ら(の一部)が自分たちの「存在意義」を探求するということの中に作者の「世界観」がある。そして、その寄生生物は基本的に人間の脳を奪って人間に寄生し、その頭部が超高速度で伸縮し硬質化することで地球上のどの生物よりも的確に人間を殺し食べることができるという、その描き方の迫力と独自性が「絵柄のちから」である。これまでの日本映画はこの「絵柄の力」の再現においてハリウッド映画と比較すると見劣りしていたが、VFX技術の進展によってやり方次第ではハリウッド映画に匹敵するか、場合によってはそれを上回る「絵柄」ができることを、この『映画・寄生獣』は証明してみせた。ここが一番評価されるべきところだろう。
 ただ、今のところ僕の評価はあくまで「原作に忠実である」ということに留まっているわけで、本当はそれを超えるようなところがあって初めてこの「映画・寄生獣」は評価に値すると思う。まあ、なかなかむつかしいことではあるが。