マイルスを聴けってば!? | 多弦Gutarist Tominha の部屋

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10弦・11弦という普通派では見ることがない多弦なギターを弾くギタリストTomonari.Cのブログ。音楽はもちろん、映画やら小説やら政治やら、思いつくままに書き連ねています。

昨日のNHKの「マイルスディビス没後20年アーカイブ」は、なんか肩すかしを食わされた番組だった。
だって、番組の大半は菊池成孔氏が4年前にやった番組の再放送。新聞に載っていた「幻の東京厚生年金会館ライブ映像」はわずか数分の「紹介」で本編は10月1日だもんな。

結構ムッと来ました。この放送の中心である菊池氏の「マイルス講座」について色々と批判があったらしいけれど、その一番の理由は彼自身ではなく、NHKのこの前宣伝と実際の番組の落差にあったんじゃないかと思う。だって、あの新聞のテレビ欄を見ればだれだって「1973マイルス」が流されると思うよ。そうしたら、「2007菊池成孔」だもの。怒るわよ。そりゃ。

とはいえ、この菊池氏の「講座」、僕もどうも面白くなかった。彼氏のしゃべりをTVで拝見するのは二度目だが(もしかすると一度目はこの番組の元になっている2007年の「マイルス講座」だったのかも)、今回、どうしておもしろくないのか、自分なりにわかったことがある。

彼は「現役のミュージシャン」らしくないのである。まったくもって。

「モードジャズ」に関する彼の説明にも異論があるが、それはもうジャズを演っている人間以外には関係ないので、それはおいといたとしても、彼の説明には「自分の価値基準」、番組の中で彼が使っていた言葉でいえば「自分の審美眼」というものがみえてこない。
ミュージシャンに限らず、芸術家なんてやからはみんな多かれ少なかれ「エゴイスト」であり「ひとりよがり」のナルシストである。自分が好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、そういうはっきりした価値が自分の中になけりゃ、「創作活動」なんてできないし、まして「オリジナリティ」なんて生れっこない。「ナンバーワン」にならなくても「オンリーワン」でいいんだなんてのは、あくまでも結果論なのであって、だれだって自分が「ナンバーワン」だと思っているが周囲はそうは思ってくれないので、まあしょうがない「オンリーワン」だと思われることで我慢しようかというのがアーティストというもんである。
そういうアーティスト根性からすると、帝王マイルスの音楽は、菊池氏のように「常に変化を求めるすごさ」とかいうような感じで、「客観的に」語れない。なぜなら、マイルスの音楽は時代によってあまりにも「変わりすぎ」ていて、そのすべてを「愛する」というのはおよそ不可能だからである。
もっとも極端な対照をすると、1970年代にマイルスが「オンザコーナー」で披露した音楽と49年の「クールの誕生」やギルエヴァンスとの共演作品のどちらをも「ミュージシャンとして許容する=つまり現実にやって見せることは多分だれにもできない。それをすれば待っているのは「マイルスのカーボンコピー」というレッテル貼りだけである。たとえ、参考にするにしても、どっちかに決めなくてはならない。あくまでも「モダンジャズの正統な流れ」のなかに自分を置くか、それとも「アフロアメリカンミュージックの新しい流れ」を創造するためにジャズの既存の枠を破壊し続けるのかを、である。

ミュージシャン、とくにジャズに少しでも関わりのあるミュージシャンにとってもマイルスとはそういう存在であると少なくとも僕は思っている。というか、この僕の語り口のように、「自分にとってのマイルス像」を熱く語らざるを得なくなるのが、ミュージシャンの語りというものであると思わざるを得ない。
番組に同席した評論家の小川隆夫氏が「マイルスと共演したミュージシャンは決してマイルスのことを悪く言わない。みんな素晴らし人だとほめるばかりです」と言っていたけれど、その反面ウィントン・マルサリスのように、会いもしないし話したこともないのにはなからマイルスを毛嫌いするミュージシャンも多い。それがミュージシャンの素顔であり、しょうがないことなのだ。

そこからすると菊池成孔氏は物分かりがよすぎる。僕は彼のいわゆる「評論」というか、「東大講義録」みたいなものを読んだことがあるが、そこでもおなじようなことを感じる。ジャズの歴史総体を?まえるということなのかもしれないが、総体を相対化しているようなその語り口は表現者としては間口が広すぎる。こういうものを読むと、菊池成孔という人は、演奏者でありながら評論をしている人なのではなく、ジャズを論じる資格を得るために演奏者という立場を確保しているのではないかとさえ思えてくる。

でもそいういう人の言うことをたくさん聞いても、「教養としてのジャズ」「文化としてのマイルスミュージック」を知ることはできても、そのエネルギーの凄まじさ、熱さを感じることはできないだろう。まずは聞くしかないのだ、音楽は。語るのはそのあとでいい。だから、1973マイルスを早く見せてくださいNHKさん!