1969年(昭和44年) 皇紀2629年 | ドラヤキ笑門の福よ来い

ドラヤキ笑門の福よ来い

笑う門には福来たる。

音楽はこの頃から好きになった。
ブルーライト・ヨコハマを聴きながら遠い異国のような横浜を想ったことか。
小学校5年生になった。
健ちゃんが札幌から転向してきた。
驚いた。都会のにほいのする子だった。
しかも成績がいい。何でも知っている(というよりこちらは何にも知らない)。
正義感の強い奴だった。仲良くなるまで数週間がかかった。
遊びに行くとお父さんの趣味か、化石がごろごろしていた。
急に化石ファンになりフカバという子どもの聖地(オシラネップ川)に行き化石をあさった。
ヤスノブ君は三葉虫らしき化石を見つけ翌日見せびらかした。
場所を聞こうと思ったが教えてくれない。
仕方がないので脅かしてみたがやっぱりダメだった。
地道名ことが苦手だったので数週間で飽きた。
この頃の三種の神器はリモコン、無線機、天体望遠鏡だ。
町でただ一人のアマチュア無線家がいた。
彼は中学生だった。
友だちとつるんでよく交信風景を見せてもらった。
家に入れてもらえたのは、それから十数回遊びにいってだ。
今考えても彼の電気工学の実力はホンマものだ。
なんせ電気回路図を読み込めるのだ。(どうしてそこにそのコンデンサーなのかとか)
遠い異国の地に思いを馳せて無線する自分を想像していた。

またまたビック番組が現れた。
「ゲバゲバ90分」だ。
あっと驚くタメゴローというのがやたら流行った。
また「8時だョ!全員集合」も教室で話題となる。
キーハンターもこの頃話題の番組のひとつだ。
土曜日はキーハンターを観て朝は母が遅くまで寝ているのでホットケーキを作って食べ始めたのもこの頃だ。
朝の番組はタイムトンネルかなんかだと思った。


東大闘争という安田講堂での攻防戦もこの頃だ。
先日東大法学部の人ガキ他ので安田講堂の話をしたが、もうこの攻防戦は歴史になってしまい、何があったのかも知らなかった・・・のがショックだった。


小学生の私の肌感覚では、東大闘争まではまだ世間の支持は合ったように感じた。
大学にはいると学生運動をするものだと実際思っていました。
先生もたまにストライキを起こしていて、鉄道もよく止まっていました。




この年アポロ11号が月面到着をした。
授業中にテレビでその様子を見た。



その当時の週刊朝日を記念に持っている。
月面着陸はスゴイと思うが、インターネットでこの動画を観ることが出来るというのもスゴイと私は思う。


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