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memorias pasadas

la vida libre

海外で生活をしていると、日本で起こっていることが気になります。

インターネットが急速に発展している昨今、世界のどこからでもアクセスできる情報は無数に存在します。

確かにネットがないと、不便なのですが…情報が氾濫している。

Facebookを開いてみれば、ありとあらゆる情報が目に入ってきます。

でもそれらのほとんどが、知らない誰かによって書き込まれた、どうでもいいことだということ。

見方によっては、情報のデパートではなく、ゴミ集積所のようにも見えます。

常に自分のプライベート一挙一動をアップする人たちは一体何を考えているのでしょう。

いまいち理解ができないのです。

うまく使えば役立つこともあるし、ビジネスにとってはひとつの有効な手段なのでしょうが…

しかしながら、誰かの意図した行動によって、誤った情報がいとも簡単に大衆の目に触れ、誤った解釈が刷り込まれ、誤った行動につながっている。

これによって被害を受けている友人が実際にいます。

情報源の取捨選択。

とても難しいけれど、僕らが賢くならなければなりません。