#514【まさ87】『フリースクール』が日本を救う!(2023.10.29) | コトバあれこれ

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子ども作文教室、子ども国語教育学会の関係者による
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   小中学校で児童・生徒の不登校が急増している。文部科学省の調査によると、2022年度に小中学校を30日以上欠席した不登校の児童生徒数は前年度比22.1%増の29万9,048人に上った(下図を参照)。1年でおよそ5万5,000人増えたことになる。23年度は30万人の大台を突破するのは確実だ。不登校対策は教育界で喫緊の課題だが、その原因は多岐にわたるだけに、一挙に解決できる妙案は無い。その中で注目されているのが『フリースクール』である。直訳すれば、「自由な学校」だ。日本では学校教育法第1条で「学校」が規定されているため、正式な「学校」には含まれていないが、「多様な学びの場」として存在感が高まっている。

  フリースクールは不登校や引きこもりなど既存の学校に馴染みにくい子どもたちの居場所や学び場というニュアンスが強い。1985年に発足したNPO法人・日本フリースクール協会によると、フリースクールは不登校や引きこもりに対し学校教育の枠に囚われない学びの場、居場所づくりを目指している。

小中学校で急増する児童・生徒の不登校

 2015年の文科省「小・中学校に通っていない義務教育段階の子供が通う民間の団体・施設に関する調査」によると、「不登校の子供を受け入れることを主な目的とする団体・施設を指す」と定義されている。調査では、フリースクール(フリースペースを含む)は全国に474団体・施設あり、調査に答えた318のフリースクールには合計4,200人の子どもが通っているという。小中学校では1992年からフリースクールに通うことも学校への「出席」として扱うことができるようになった。この場合、もともと通っていた学校に籍を置いてフリースクールに通い、卒業する学校も在籍校だという措置が取られる。フリースクールが広がるなかで、制度の枠組みを緩和しようとする動きも出てきた。

 

フリースクールは国家の根幹を崩すのか

 ところが、「フリースクールは国家の根幹を崩してしまうことになりかねない。よっぽど慎重に考えないといけない」と、滋賀県東近江市の小椋正清市長が滋賀県首長会議で不登校対策を議論している時に発言したことが波紋を広げている。同市長は「文部科学省がフリースクールの存在を認めたことに愕然としている。大半の善良な市民は、嫌がる子どもに無理してでも義務教育を受けさせようとしている」とも発言した。

 フリースクールの評価が高まるなかでの逆行する発言だけに、崎山文科相は「子どもによっては学校に通うことができない状況もあり、受け皿の一つがフリースクール。(小椋市長の発言は)望ましい発言と考えていない」と、20日の閣議後の記者会見で反論した。

日本経済新聞 2023年10月21日朝刊

 

日本経済新聞 2023年10月21日朝刊

 なぜ、小椋市長のような発言が出てきたのか。明治維新以降、日本が近代化の道を歩むなかで、小中学校など近代的学校教育制度が果たしてきた役割が大きいことは確かである。教育の機会均等や全体の教育水準をあげてきた。戦後の高度成長も、六三三制など新学制が均一で質の高い労働力を産業界に供給することでバックアップしたとも言える 。

 ただ、二十世紀末から二十一世紀にかけて情報革命、インターネットの普及などで、日本の教育環境も大きく様変わりし、これまでと同じ思考様式では激変する世界を生き抜くことは難しくなってきた。少子化、高齢社会の進展もこれまでの教育体制のあり方を維持することを難しくしている。むしろ、画一的な教育を押し付けることは創造的な教育で子どもを伸ばす芽を摘んでしまうという意見も勢いを得ている。

 小椋市長は憲法に定められた義務教育についての条項を誤って解釈している。この条項は、親が子どもに教育を受けさせることを義務付けたもので、子どもが国の定めた教育を受ける義務ではない。従って、嫌がる子どもに無理に小中学校に行かせる必要はない。もちろん、その子どもに合った教育、フリースクールを含めた多様な教育を受けさせることは必要である。

 

フリースクール的な公立校

 公立の小学校でも、フリースクールに近い伸び伸びとユニークな学びを実践しているところがある。長野県伊那市立伊那小学校だ。筆者は病院や学校でプラネタリウムの投影などを行っている星好きの仲間が集う「星むすびの村」の一員だが、その団体のリーダーである高橋真理子さんがブログに書いた伊奈小の様子を紹介する。高橋さんが伊那小学校に呼ばれ、投影してきた際の経験だ。同校はあらゆる教科をまたぐ総合的な学習を主として行なっているようだ。山羊、羊、豚、ポニーを子どもたちが飼っており、授業中にその世話をしていたという。プラネタリウム投影会場の音楽室の隣の廊下に、山羊が入ってきて、子どもたちが追いかけている場面もあった。今回の投影を依頼してきたのは6年明組。3年間クラス替えせず、その間、星を中心に取り組んできたそうだ。学校の近くに伊那文化会館のプラネタリウムがあり、授業中に20回も通った。修学旅行は、国立天文台と多摩六都科学館。高橋さんが書いた本に出会って、みんなでプラネタリウムをやりたい、ということになった、という。 

最初の時間は、子どもたちのプラネタリウムの披露。おひつじ座チーム、オリオン座チーム、自分の好きな星座チーム、わく星イルミネーションチーム、うさぎ座を中心とした冬の星座チーム、秋の星座チームの6つのグループが、影絵やら手作りプラネを披露した。そのあと、高橋さんが持参した直径7mドームでプラネタリウムを投影。88星座線がでたとき、みんなが叫んだのは「や座」。自分の好きな星座チームの話題の一つだった。子どもたちが発表した星座や惑星をすべて、その場で確認しながらのプラネタリウム投影だった。自由な発想で学ぶというフリースクールの面目躍如だ。

 

子どもを救うために始まった学校

 19世紀、英国の産業革命の時代、子どもの多くは大人と同様、劣悪な環境で長時間労働を余儀なくされていた。社会改良家で繊維工場を経営するロバート・オーウェンはそうした状況を憂い、子どもを救うためには良い環境を与えることだと考えた。1816年、工場の敷地内に1歳から6歳までの子どもを預かる「幼児学校」を設けた。世界初の子供のための学校だろう。この学校では読み書き計算はもちろん、歴史や地理にいたるまでなるべく本を使わないようにしたという。世界初の運動場や屋外学習プログラムなどもオーウェンの発明だ。彼は人々の働く環境、子どもの学ぶ環境、暮らす環境のすべてを同時に改善し、街づくりにまで発展させた点で大変画期的だった。

 教育制度が拡充される過程で、こうしたオーウェンの理想は徐々に変質し、学ぶべきことなどが形骸化、画一的になってしまったのではないだろうか。

 

孫泰蔵氏が語る『学校』とは

 オーウェンをはじめ、古代から現代まであらゆる教育に関わってきた先人の考えを紹介、その功罪を明らかにし、なぜ学校の勉強はつまらないのか、その原因を考え、これからの子どもはどう学んでいけば良いのかを熱く語ったのが孫泰蔵氏の『冒険の書 AI時代のアンラーニング』(日経BP)だ。この本で目から鱗の事象がいくつもあった。泰蔵氏は、毀誉褒貶が多いソフトバンクグループの孫正義会長兼社長の実弟である。泰蔵氏自身も早くからスタートアップ企業を創業した起業家だが、この本では、学校についてユニークな持論を展開している。何かの意図を持って通うのではなく、そこへ行って、これから何をして遊ぶかを決められる特別な場所、何が起きるかあらかじめわからないからこそ、新しい遊び、すなわち新しい探求の場所が生まれる場所が学校だと定義している。そこは、人々が常に学びとアンラーン(学び直し)を繰り返しながら、自分が囚われている「箱」を開け放ち、可能性を解き放つ場所になるはずで、それこそが「学校」の新しい姿であり、意味であると、泰蔵氏は強調する。フリースクールは停滞に陥っているこの国を救うことになるかもしれない。