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どうも。かったんです。
今回の記事は(今までも入っていましたが今まで以上に)私的な部分を綴っております。
個人的なこともあるので、内容が断りなく変更(根本は変わらないです。)することもあります。
どうか、この記事だけは、コピー&ペーストしてほしくないです。
コピーだけでも
そして、まだまだ発展途上の私です。何かございましたら、ご意見などなんなりとください。
改めるべき点はすぐに改めます。(特に記事内容について)
私自身のありようについては、思慮を要する点もあろうかと思います。変えられない部分もあろうかと思います。
ですが、書き残したかった。どうしても。
※この記事は平成21年9月3日(木曜日)に作成しますが、あえて8月31日付の記事にします。
ミクシーからご覧の方は投降した時点の日付が入ることかと思いますが、お気になさらないでください。
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表題のとおり、今回の衆議院議員総選挙で高知1区から出馬をし、4700票あまり届かず次点となった前知事、橋本大二郎さん。
こと、この記事においては尊敬の念をもって知事と綴らせていただきます。ご容赦ください。
31万票という驚異の得票をもって18年前に高知県知事に初当選されて以来、16年知事を務められました。
県政に挑戦する第1回目の戦いのときから私の最も尊敬する実父が陣営に加わり、お手伝いをさせていただいたと聞いています。
知事に引き合わせていただいたこともありますが、14歳であった[かったん]には、あまりよくわかりませんでした。
その後、さまざまな方々から、色々なご意見がある中でも、父は支援し続けたと聞いています。
また、そういった信頼関係のやり取りの中で、知事にも本当によくしていただきました。
(プライベートなことなのでPCウェブでは白色の文字色で最小サイズにさせていただきます。)
私が帰郷した時[父の急逝がきっかけでした。]、知事としての公務に優先して駆けつけてくださいました。
急逝した夜から、通夜まで毎夜、自宅まで来ていただきました。
葬儀に際しましたも、代表としてご参列いただきました。
また、私どもの結婚式にも参加していただき、ご祝辞を賜りました。
このように本当に家族のように親しくお付き合いをさせていただいた橋本大二郎前知事。
個人的に私は大好きです。その胸からでる、将来の日本のあるべき姿を語る雄姿をとても素敵だと思います。
16年間の知事時代の中で、類い稀なる先見性をもってさまざまな持論を展開され、多くの実績を残されました。
知事が、その名前が、初めて高知県内の公の場に出てきたその時に、大いに危惧する。と評された三位一体改革。これについてもいち早く異論を投げかけました。
麻生総理が就任されてからやっと口にした、小泉批判。
本音だったと思います。
ですが、党としては勇気ある党首以外は、外に向けては発信できないんです。してはいけないんです。
そう思っています。
ですが、内部ではそうなるまえから議論が巻き起こっていたでしょう。
平成13年4月自民党総裁選における麻生候補の演説
をご覧いただければ理解していただけるんだと思いますが、麻生首相はぶれていません。
しかし、国を守る政権与党としての責任から、考えもなく声高に身内を批判するのではなく、十分に信念に基づいた役割を果たし、日本国と国民に責任を果たしながら時を待っていたにすぎません。
この点についてもいつか記事にしたいと思います。
さて、小泉劇場により、湧き上がるムードはいざなぎ景気となり、ITバブルとともに国は大きく潤いました。
一方、地方交付税(地方の財源)を減らしながら、財源の移譲はなされない。という点において地方は大きなダメージを受けました。
ここで、将来に対する素晴らしいヴィジョンをもっている知事は猛然と抗議します。
国に対して、他の都道府県の首長を巻き込んで。
行財政改革とはこうだ!
道路整備といえば大きな路側帯をもつ片側1車線(両側2車線)以上の道路だけを指すんじゃない!現状国道でありながら車のすれ違いもできない!1.5車線道路でいいんだ!
と。
ですが、全国知事会で、全国から上がってくる事例をみるとき、知事職に限界を感じられたと聞いています。
また、『族議員がぶんどった財源を地元にばらまくことで、地域間の調整をしていた時代ならいざ知らず、今時、こんな時代遅れな仕組みを引きずったままでは、グローバル化の時代に、生き抜いていくことはできません。』という発言もあります。
しかしこの発言は、現実でありながら、先を行きすぎていたのではないかと考えます。
たしかに、悪いように言えば知事の言うとおりなのかもしれません。そういったとらえ方もできるでしょう。
でも、やっぱり先を行きすぎたんだと思います。
そして、言っていること、公にやっていること、これらがきれいすぎたんです。
すでに国政にいて、平成13年自民党総裁選にお兄さんではなく、知事が出ていたら・・・
もちろん、たらればの話です。
それに、現実問題、派閥の問題や国政に出るにあたっての知事とは違った能力・経験など、たらればはありえず、夢の話です。
でも、もし、でることができていたら、
そして、総理として行財政改革に取り組んでいたら・・・
きっと違ったイマがあったんだと思います。
そうなんです。
知事としての仕事。もちろん十二分に取り組まれ、十二分に成果をあげてこられたんだと思います。
しかし、知事というものはただ120点を取るだけでは、だめなんだと思います。
とくに、この平成がはじまってからの時代。まだまだ「理想をつかむ」だけでは、だめだったんだと思います。
もっと現実を見て、足元を見て、地に足をつけて、草の根主婦の皆さんもそうでしょうけど県内の経営者・労働者・県議や県庁職員、そして他都道府県知事とコミュニケーションをとり、表面ではなく、もっともっと広く深く多面的に捉えてほしかった。
そして、根本を変えずとも、ときにはプライドという鎧を置いて、県経済浮揚・県産業振興のために動き、言葉を発し、動かしてほしかった。
その、知事が一部で120点を取りながら、置き忘れた部分を今、尾崎正直新知事がかき集めているんだと思います。
そして、それは県職員はもちろん、県民全員を巻き込んだ地産地消地産外商運動、高知県産業振興計画へとつながります。もちろん教育改革も全力で取り組んでいます。さらに世界同時恐慌、政府の「行き過ぎた市場原理主義からの脱却」、矢継ぎ早に繰り出される地方重視の緊急経済対策などを馬力に変えて、大きな成果となり、大きな支持にとつながっています。
橋本大二郎知事は他方で、闇に伏せられた部分ではありますが、伏せなければならないこともたくさんあったと聞いています。
そういった部分で、高知県民は現実的な成果を欲している。まだまだ全国から見て立ち遅れている命を守る公共工事。経済を守る公共工事。さまざまな補助金。もちろん改善が必要なことも分かっているし、今のようなことは時代遅れだということもわかっています。
でも、高知県はマイナスの部分ではずっとずっと全国の先を行っているのに、そういった国のお金を使うべき事業のプラスの恩恵は全国のずっとずっと後の方にいるんだとおもいます。
時代遅れ作戦だとわかっています。でもそこにすがる必要性があると思います。
決して、いい部分だけではないことも分かっています。でもそこにすがる必要性があると思います。
民主党に負けるわけにはいかない。
でも、この記事に書きつづった理由から知事に負けるわけにもいかない。
いま平成21年8月。高知1区から選出すべきは福井てる候補を置いて他にはいない。
これが、私の事実です。
大二郎知事のこと、嫌いではありません。まずもってこれほどお世話になった人を嫌いになるはずがありません。それよりも知事は私にとって「好きな人」なんだと思います。
大二郎知事は街角ですれ違った時も、病院ですれ違った時も、後援ですれ違った時も、知事は優しく笑顔を向けてくれました。私から声をかけるときも、知事から声をかけていただくこともありました。本当に素敵な方です。
でも、
今回の選挙において勝たせるべき候補は知事じゃない。
18年前の知事とは違う部分で厳しい側面を持つ尾崎新知事、高知県経済を復興するために多大なリスクを負って家族の反対を押して高知に変える決意をしたと聞いています。県庁を震撼させ今までと全く違う鞭を振るい、自らに対して最も強く鞭を振るう尾崎新知事。国政と県政と市政でスクラムを組んでまさに県経済はどん底から這い上がろうとしています。
尾崎新知事が持てる力を十二分に発揮できる環境を少しでも守りたい。
そして高知市にいい方向を向いてほしい。高知県にいい方向を向いてほしい。
その思いから本当に多くの人に後ろ指を指されながら福井候補の応援に加わりました。
直接言われることより、間接的に聞くことの方が多かったです。
間接的ということは聞いた人がいて、その人が私に直接言ってくれるということです。
その人のことを思うと胸が張り裂けそうです。
どんな思いで言葉を受け止め、どんな思いで言葉を伝えるのか。
伝わるように苦言を呈してくれるのは、みな父のことを知っています。恩師です。
でも、やめない。
今回のことで得るものがたくさんありました。失うものもありました。
もっとこうすれば。といった部分もたくさんあります。
かったんにも思いがあります。この選挙戦。自分の思いの実現に向けて大きな糧にします。
長文ありがとうございました。