「僕の暮らす超高層エグゼクティブマンションは301階建てで、僕は最上階の301階に住んでいる」
「大分、細長いマンションすね」
「ただ、階段しかない」
「帰りたくないっすね」
「出たくもない」
「…3階建ての301号室ですよね」
「鋭いね」
僕はそんな会話を会社の後輩と交わした事もあるが、このマンションを選んだ一番の理由は大型バイクを置けるスペースがある事、それに尽きる。別料金を取られてしまうが。4時30分にベッドから起き上がり、ミルクサンドをひと齧り、珈琲を少量飲み、ユニクロの極暖に貼るカイロを腰、手首左右に貼り付け、レッドウイングの黒いエンジニアブーツにもカイロを突っ込む。ワークマンで買ったベスト(1500円)の上にドカジャンを羽織る。電熱グローブ、電熱ベストの購入も考えたが、お金が惜しくて諦め、創意と工夫で乗り越え、最終的には気合いと根性でどうにかなると言い聞かせた。そう。精神論だ。鍵、財布、ツーリングマップル、薬(正露丸、ビオフェルミン)を詰めたコーデュラ素材の肩掛けバッグを斜めに、サイドバッグを大小二個、珈琲豆用の麻袋(珈琲店で頼んで貰った)に寝袋、テントとマット、ブルーシートを入れて担ぎ、階段を降りる。駐車場にまだ電灯は点かず、暗い。オートバイのキーを入れるのさえ難しい。アイフォンで照らす。チョークを引き三度目のセルボタンでバーチカルツインエンジンがやっと目覚める。たかたかたかたかた。ノーマルマフラーから控え目な排気音が響く。今日は一段と早いじゃねえか。寒いよ。眠いっす。オートバイが愚痴ているようにも聴こえる。暗くて手元がよく見えないから、パッキングに時間が掛かる。荷掛けフックの位置を何度も通り過ぎる。ゴムコードをバツ印に固定し、何度か引っ張り強度を確かめる。
5時46分。1月10日。月曜日。
携帯電話に表示されている。まだ外は暗かった。僕は、旅に出た。風が冷たかった。
