後藤稔の憂鬱 | エキセントリックギャラクシーハードボイルドロマンス         

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〜文学、お笑い、オートバイを愛する気高く孤独な三十路独身男の魂の軌跡〜 by久留米の爪切り

後藤稔は北へ向かっている。彼の青いオートバイに跨って。

「明日、会えますか?」

SOHC4バルブ2気筒エンジンは等間隔爆発を繰り返す。低く構えた2本のキャブトンマフラーは心地良い一定のリズムを刻む。ルートナンバーは3桁。国道。断続的に渋滞している。マンション、病院、郊外型スーパーマーケット、飲食店、カラオケ店、ガソリンスタンド、コンビニエンスストア、カラオケボックス、パチンコ店、ラヴホテル。控え目な排気音と共に景色は後方へ流れ去る。

「違ってたらごめんなさい。みのさん、ですよね?」

左折。一気に車の台数が減る。後藤はアクセルを捻って加速する。左手に海が見える。潮風。波。小洒落た白いカフェ。サーファー。後藤は北上を続ける。彼が目指す海はまだ先だ。

「実はわたし、前に一度お会いした事があります」

道の駅で休憩する。乾燥ワカメを2袋購入する。駐輪場所へ戻るとおじさんに話し掛けられる。同じ車種のオートバイに乗っている。おじさんはプロ野球選手がバッターボックスで装着しているようなプロテクターを両膝に巻いている。話が噛み合わずに後藤稔は「じゃあ」と一言残して、走り去る。

「覚えてませんか?」

緩やかな山道を抜ける。右手に海岸。漁港。青い水平線。陽射し。後藤は海岸沿いを反時計回りに走る。立ち止まらずにそのまま南下する。海を見ても何も思い出さない。空が青い。

「うっそー、だって本当は会った事ないしー」

ルート35を南下すると、長浜ラーメンむらた亭古賀店、があった。後藤稔はオートバイを停めた。食券機でラーメン(650円)
小ご飯(100円)の釦を押下して、吐き出された白い紙切れ2枚をカウンター向こうの店員に手渡す。程なくして提供されたラーメンは、近所にあって腹が減っていてラーメンを食べたい気分の時に食べたい味のラーメンだった。チャーシューが柔らかかった。胡麻、紅生姜、大蒜を投入して味変を試みる。半替え玉(80円)も追加でカタで注文する。タレを入れる。辛子高菜もいい感じだ。後藤稔は腹が膨れた。

「会えません、仕事です、そうです後藤稔です、何で知ってるんですか、すいません、全く覚えてないです、どちら様ですか、どこで会ったんですか、なんなんですか!」

マッチングアプリでやり取りを交わしたニックネーム、千手観音☆アッキィ、は果たして何者だったのか、後藤稔はわからないままだった。顔写真を送って貰っても海を見てもラーメンを食べても結果は同じだった。千手観音☆アッキィは深夜2時頃、お相手は退会しました、の表示とともに忽然と姿を消した。

後藤稔は、それから南西へ。

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