ーあらすじー
(福岡、佐賀に展開するうどんチェーン“J”、その全店舗に赴き「かけうどん」を頼み、食する。そう男は決めたのだ。それにも関わらず、佐賀の数店を残し、男の歩みはぴたりと止まっていた。男の身に何らかの危機が迫っているのだろうか?単に面倒くさいだけなのか、それとも「かけうどん」に飽きてしまったのか。真相は深く立ち籠めた霧の向こうで朧気であり、いくら目を凝らしたところで、見えるのは果てしなく広がる真っ白な空白だけだった…)
「うどんをください」
傍目には結構いいお年を召されていると見受けられるが、惜しげもなく白い生足を晒し、ポップな柄のソックスを履いた女性店員氏に男は告げた。
ここで留意すべきは、男が「かけうどん」ではなく「うどん」と発声した事である。何故なのか?男の“かけうどんスピリッツ”はブログの更新の遅延と共にすっかり日和ってしまったのだろうか。
いや、違う。メニュー表を見て欲しい。そこに「かけうどん」との表記は無い。単に「うどん…310円」となっている。そう、男はその店ー(煮込みうどん 久留米荘 岩田屋新館地下店)ーでの商品の呼び名にただ従っただけに過ぎない。
男の魂は少しも損なわれていない。メニュー表に記された値段から推測すれば「うどん」イコール「かけうどん」と考えて間違いない。それが最も廉価なうどんだったのだ。「うどん」と注文した男に、女性店員氏が慣れた口調で、間髪入れず応答した。
「はーい。かけうどんねー。うどん一丁!」
うどん310円である。出汁が茶色に濁っている。表面が泡立っている。麺は割と細い。中心に葱が一掴み盛られているのみのシンプルなうどんだ。
一口食べた感想は「あっつい!」という温度に対するものだった。その日、男は朝コンビニのパンケーキを一枚食べただけであり、かなり腹を空かしていたため、相当勢い良く、大量に麺を啜ったのだ。
煮込みうどんだけあって、当たり前だが麺が柔らかい。口内でねちゃねちゃと音を立てるような食感だ。この柔らかい麺は、卓上に置かれた粗粒タイプの唐辛子と非常に相性が良い。粒が麺に張り付くのだ。出汁は結構味が濃い。オホーツクの荒波にもまれた昆布と煮干しから生まれた味らしい。煮干しの風味が鼻腔をくすぐる。オホーツク産の昆布は海水の塩気の強さ、しょっぱさを体現しているのだろうか。
久々に食べた「かけうどん」を男はうまいと感じた。最後の一滴を飲み干す男には、恍惚の表情が浮かんでいた。昇り始めた太陽が、白い霧の先に見え隠れする物語を微かに照らしていた。(続く)
(*追記)この出汁、濁った茶色を見ると、男は思い出す。生まれ育った筑後平野、広がる田圃とビニールハウス、そこに縦横に真っ直ぐ流れる農業用水路、所謂“クリーク”を。たしかこんな色だった気がする。気のせいか。歪められた記憶かも知れないし、断言はできない。そう、以前、クリークで泳いだことがある。それで誤って水を飲んでしまったのだ。
勿論、うどんの味は全然しなかった。
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