小・中・高と約10年間、野球をしていました。

地元・横浜で。

だからこそ、このニュースはとてもショック。

「横浜高校・渡辺元智監督 引退」


中学時代には彼の著書も読みました。

「もっと自分を好きになれ」




この本の中で、
「実力の世界なので実力至上主義ではあるものの、
レギュラーになり、甲子園に出場することが全てではない」
ということが書かれています。

「やがて人生の勝利者になれ」

今になるとその言葉が分かります。

やはり自分の人格形成も「野球」だなと感じます。

上司に呼ばれたら
大きな声で「はいっ!」と返事をしてしまったり。

先輩から指導をしてもらう時は立ち上がってしまったり。

率先して動き回ってしまったり。

くじけない心であったり。

礼儀だったり。

初対面の方と話してみると
すぐに「この人は何かスポーツをしているな」と分かりますし、
そういう方ほど、話していて気持ちが良いです。

私が所属していた野球チームでの
レギュラークラスは横浜高校へ特待生で進学していました。

だからこそ横浜高校への憧れは強く、
今回の引退はとてもショックです。
(横浜高校が出場しないと、その夏の甲子園は観ないほど)


自分も渡辺監督のような人格者になりたいものです。



甲子園100年記念。

今年もスター誕生の予感。


早稲田実業・清宮幸太郎選手。

過去、地方大会から注目を浴びる選手はいたでしょうか。

決勝でも8回に逆転をするという劇的な勝利を飾る。

こういった選手が生まれると決まって
「運が良い」
「こういう星のもとに生まれてきた」などと表現されます。

しかし「運」というのは気の持ちようだったりします。


【運の良い人の思考】
やることをやってきたし、あとは神のみぞ知る!
→努力をしてきたので、当然結果が出る。
→周りは彼の背景を知らないので「運が良い人と表現をする」

【運が悪い人の思考】
やってみなければわからない!とやることもやらずに一か八か。
→努力をしていないので、当然結果が出ない。
→「自分は運がない」と嘆く。


ある起業家の言葉でもありました。

「運の良い悪いなんてない。
全ての結果は、行動に対しての必然の答え。」

やはりきちんと行動している人は
当然の結果がついてくるんですよね。


【結婚式でもこんな奇跡がありました。】

~2月の結婚式ことでした~

「ご新郎様のお父様はどんな方だったんですか?」
すでに他界されていたお父様のことを伺いました。

「父のこと、本当に何も知らないんです・・・。
遊んでもらった覚えもないし、
休みの日は逃げるようにパチンコに行ってましたから。」




若年性アルツハイマーを患ったお父様の看病は
想像を絶するほど大変だったそうです。

お父様がお亡くなりになったとき、
家族全員が「死んでくれてよかった・・・。」
思うほどでした。

しかし、結婚式の準備のため
押入れから引っ張り出してきた写真をみて
お父様の思わぬ一面が垣間見えました。

【ご新郎を愛おしそうに見ている写真でした。】

ご新郎はその写真をみた時に、
「父もこんな表情をするんだ・・・。」
「不器用なだけで、
愛情を持って育ててくれたのかな・・・?」


お父様への印象が変わった瞬間でした。

そんなお父様のエピソードを伺い、
ご新郎の想いも聞き、
ある一つの提案をしました。

「冠婚葬祭は良い意味で霊を呼びやすいみたいです。
せっかくなら天国のお父様にも
お二人の結婚式を見にきてもらいましょう!」


と、お父様の墓前へ招待状を出すことを提案しました。


・・・そして結婚式当日。
青空が晴れ渡り、
2月とは思えないほど暖かな結婚式日和でした。

無事に挙式をし、披露宴がスタート。

ご新郎がウェルカムスピーチをしようと、
席を立ち、マイクを持ったそのとき。

「パラパラ・・・。」



なんと青空から雪が降ってきたのです。

まるで天国のお父様が「見にきたよ。」と言っているように。

そしてご新郎がウェルカムスピーチを終えると、
雪がやみました。

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とても不思議な感覚に包まれました。

しかし、会場見学当時から
「ゲストへの想い」を人一倍持っていたおふたり。
それは結婚式の内容にも反映されているほどでした。

だから、どこかおふたりの想いが天国のお父様に届いたことも
「当たり前だな」と思うところもあります。

何でもかんでも「運」で片付けられては
努力をする意味がありません。

全ては自分のとった行動の必然の結果。
全ての事象は自分の行動の責任の範疇。


少々、精神論ではありますが、
運の良い悪いはない。

運は自分で掴むもの。

そんなことを感じた一コマでした。
バイタリティがあって、何があってもくじけず。
どんな壁も乗り越えていける。

そんな心の強い人っていますよね。

そういう人はなぜ、心が強いのでしょうか。
たくさんの人に出会う中で感じた、ある一つのこと。

それは「誰かのために戦っている人」。

私は22歳から6年間ウェディングプランナーをしていました。
なりたくて、なった職業でしたが・・・。

入社してからの6年間、
毎日心の中で「辞めたい」と考えてました。

それでも退職までの6年間、
心が折れても、くじけても、辛くても
辞めなかった理由は一つ。

「誰かのために戦っていた」から。

私は入社までの経緯はスムーズではありませんでした。

新卒採用では「不採用通知」が届くも諦めきれず。

その会社でのアルバイトを始め、
社員登用からの入社の道を選びました。

その時に思っていたことは
「自分を不採用にした人事部を見返す」
「遠まわりな道かもしれないが努力をして
同級生には負けない結果を出そう」
ということでした。

その想いだけで一日も休まずに
朝から晩までアルバイトとして汗を流してきました。

また、アルバイトとして働かせてもらっている時、
当時の支配人や先輩プランナーが忙しい時間を割いて
教育・助言をしてくださいました。

そういった中で私の中の気持ちが変化していき、
「恩返しがしたい」と思うようになりました。

何度も落ち込み、くじけ、壁にぶつかる度に
振り返っていたのはこのことでした。

「おれ、いま辞めて恩返しできたのかな・・・。」

3.11東日本大震災があった年、
東北楽天イーグルスの嶋選手のスピーチでもありました。





「本日は、このような状況の中、
ここKスタ宮城に足を運んでくださり、
またテレビ、ラジオを通じてご覧いただき、
誠にありがとうございます。

球場に来ることが簡単ではなかった方、
またここに来たくても来られなかった方も
大勢いらっしゃるかと思います。
 
~中略~

そして開幕5日前、
初めて選手みんなで仙台に戻ってきました。

変わり果てたこの東北の地を
目と心にしっかりと刻み、
「遅くなって申し訳ない」と言う気持ちで
避難所を訪問したところ。

皆さんから
「おかえりなさい」
「私たちも負けないから頑張って」と
声を掛けていただき、涙を流しました。

その時に何のために僕たちは闘うのか、ハッキリしました。
 
この1カ月半で分かったことがあります。
それは誰かのために戦える人間は強いということです。

 
東北の皆さん、絶対に乗り越えましょうこの時を。

絶対に勝ち抜きましょうこの時を。

今この時を乗り越えた先には、もっと強い自分と未来が待っているはずです。

絶対に見せましょう、東北の底力を。

本日はありがとうございました。」
「プライド」

言葉の表面上だけ捉えると
とてもかっこいい響きの言葉ですよね。

ただ、この言葉の本質を理解せずに、
「違ったプライドの発揮のしかた」をしている人が
多いように感じています。

ふと昔のことを振り返った時に
思い出したエピソードをご紹介します。


【これは私がウェディングプランナーだった時のこと。】

結婚式を無事に迎えられて方を対象に
イベントを開催することが決まりました。

その担当になったのは当時1年目の新入社員。

自由な発想でイベントの企画をし、
提案力を身につけて欲しいというのが狙いでした。

もちろん私もその経過を見守っていましたが、
一向に準備は進んでいない様子。

イベント当日まで残り2週間をきった時に
見かねて新入社員に尋ねました。

「準備は進んでるの?」

そこで返ってきた言葉が、こんなものでした。
「結婚式を控えているお客様の担当で手が回らず、
一切手をつけられておりません・・・。

自分のプライドが許さずに、相談ができませんでした。」


・・・これって本当のプライドでしょうか?

私ならウェディングプランナーとして、
お客様のために、お客様の期待に応えるために
結果を出そうとする原動力がプライドだと思います。

そして、残り1週間を切って、
担当を私が引き継ぐことになりました。

そこでも当時の支配人と一悶着に。
「予算は10000円しか出せない。」

そもそもは挙式済のお客様へ、
収益度外視で、顧客満足度のためにやろう、と
始まった企画でした。

「話が違うじゃないですかっ!?」

しかし、とり合う気はない支配人。

お客様には招待状も出してしまっているので
いまさら中止にもできるわけもなく。

あとから
「15000円まではいいよ。」と。

限られた条件の中でやるしかありませんでした。

そこで私の中で発揮されて
ウェディングプランナーとしての「プライド」。

ウェデイングプランナーは料理も作れない。
お花も作れない。
料理提供もできない。
司会もできない。
ピアノも弾けない。
映像や写真も撮れない。


できることは
「想いをカタチにすること」だけ。

「絶対に10000円以下の予算で良い企画をする。」
ということでした。

結果としては予算7000円ほど。
お客様には大変満足をしていただけ、
スタッフからも好評のイベントにすることができました。

当日、参加をしていたお客様からこんな声がありました。
「実は子供が生まれて初めての外食が今日だったんです。」

その言葉を聞いた時に恐怖に似た感情を覚えました。

もし「会場都合で適当なイベントになっていたら、
お客様の期待を裏切り、そして素敵な結婚式の思い出さえ
台無しにしてしまっていたかもしれない。」
と。

ただし、こういった大変で辛い経験ほど
過去のことになれば良い思い出に変わっているものです。

今は辛く、投げ出したい状況だとして、
未来へ繋がる素敵な思い出作りと思えば乗り越えられそうです。

そんな気がしたので紹介をさせていただきました。
友人からのお願いで
「知人でブライダル業界に興味がある子がいる。
相談に乗ってくれませんか?」
という依頼を受けました!


今日、二時間ほどお話しましたが、、、
初々しい!!!!

質問に答えながら、
改めてブライダル業界は良いな、と涙目になってしましたw

良い結果が出るといいなー