今日も

って言葉にしたく無いかも…
とうとう、昨夜から「おやすみタイマー
」でエアコン入れて寝て仕舞った
で午前中、買い物に行くのでまたエアコンを入れて出かけた…次男坊が可哀想なので。流石にチャリ
片道20分はヤバいので夫に車で運んでくれと頼んだ。週末のモールは駐車場も満車だろうから降ろしてくれれば帰りはバスで帰ると言ったのだが、予想に反して空いてた
じゃ~と言う事で一緒に買い物して帰って来た。そしてエアコンを消せ無いで快適の部屋に居る…ヤバいよな~
今日は義父の命日です。5年前です…次男坊が我が家の仔になった年でした。そして実家に置いて来たにゃ~
もこの年だった…新しい命と引き換えるかの様に…にゃ~は5月でしたが…入退院を繰り返して居た義父の容態が悪化し、病院から連絡が来たのが前日の夜。叔父にも連絡し途中で拾って病院へ。あれだけ人の目を気にする義父が、我々が居ても「暑い、痛い…」と何度も寝返りをしたがるが自力では出来なくなってた…その前の晩まで普通に元気だったのに…子供の頃から年寄りを見て来た津は分かってた…この痛がり方…腕を引っ張って傾けて背中を扇ぐ…その体勢は1分が限度。「痛い」と言っては左右交互に繰り返す。偶に仰向けになった時は膝を立てて上げる。夫は「聞いてたら切りが無いからいいよ」と言うが、違う。本人の身体は既にコントロールを失っているので暑さも痛さも苦しさもいっぺんに襲って来る…此れは人間だけでは無いです。動物も最期の「足掻き」で同じ様な行動を取る。だから津は最後の孝行と思って落ち着くまで手を貸してた。暫くして安定して我々が居た事に気が付く。夫も叔父もこう言う経験が無いのでさっき迄の動きは何だったんだ…状態です。で少し話をしてナースが一旦帰って良いと言うので帰る事にした。帰り掛けに義父がお嬢と坊に宜しくなと言った。そして次男坊は元気かと気にかけてた。毎日津が病院と家と買い物でパピーだった次男坊を留守番状態にしているのを知ってる。動物好きの義父らしい…家に着いたのは夜の11時。夕飯も喉は通ら無いのでお風呂に入って夫と「電話来るといけ無いから寝れ無いね」と暫く起きてた。朝方服のまま床に入ってうとうとしたら病院から電話が来た。直ぐに行ったが既に意識は無い…声は聞こえていると思います。とナースが言ったが、話し掛けても反応は無い。津だけタクシーで一旦戻り、怪物共と次男坊にご飯を食べさせてから動きが取れるチャリでまた病院へ(病院遠いので)。7時に当直の医師が来て「担当の先生もう直ぐ来るからね」と声を掛けたら「はぁ~」と返事をした。バイタルも上がった。いやいや、こんな時まで人の目を気にしてるのか
医師にだけは反応とは大正の人間、恐れ入りました。9時に担当の医師が「おはようございます」と声を掛けた途端、待って居たかの様に一気にバイタルが下がり、息を引き取った。戦争を学徒で経験し、膝に銃弾を受け事で帰って来れた義父。87年の生涯は生かされた命だね。今日は命日です。5年前はここまで暑くなかった…今日は義父の好きだったお刺身を我々は「手巻き寿司」で頂きます。


って言葉にしたく無いかも…とうとう、昨夜から「おやすみタイマー
」でエアコン入れて寝て仕舞った
で午前中、買い物に行くのでまたエアコンを入れて出かけた…次男坊が可哀想なので。流石にチャリ
片道20分はヤバいので夫に車で運んでくれと頼んだ。週末のモールは駐車場も満車だろうから降ろしてくれれば帰りはバスで帰ると言ったのだが、予想に反して空いてた
じゃ~と言う事で一緒に買い物して帰って来た。そしてエアコンを消せ無いで快適の部屋に居る…ヤバいよな~
今日は義父の命日です。5年前です…次男坊が我が家の仔になった年でした。そして実家に置いて来たにゃ~
もこの年だった…新しい命と引き換えるかの様に…にゃ~は5月でしたが…入退院を繰り返して居た義父の容態が悪化し、病院から連絡が来たのが前日の夜。叔父にも連絡し途中で拾って病院へ。あれだけ人の目を気にする義父が、我々が居ても「暑い、痛い…」と何度も寝返りをしたがるが自力では出来なくなってた…その前の晩まで普通に元気だったのに…子供の頃から年寄りを見て来た津は分かってた…この痛がり方…腕を引っ張って傾けて背中を扇ぐ…その体勢は1分が限度。「痛い」と言っては左右交互に繰り返す。偶に仰向けになった時は膝を立てて上げる。夫は「聞いてたら切りが無いからいいよ」と言うが、違う。本人の身体は既にコントロールを失っているので暑さも痛さも苦しさもいっぺんに襲って来る…此れは人間だけでは無いです。動物も最期の「足掻き」で同じ様な行動を取る。だから津は最後の孝行と思って落ち着くまで手を貸してた。暫くして安定して我々が居た事に気が付く。夫も叔父もこう言う経験が無いのでさっき迄の動きは何だったんだ…状態です。で少し話をしてナースが一旦帰って良いと言うので帰る事にした。帰り掛けに義父がお嬢と坊に宜しくなと言った。そして次男坊は元気かと気にかけてた。毎日津が病院と家と買い物でパピーだった次男坊を留守番状態にしているのを知ってる。動物好きの義父らしい…家に着いたのは夜の11時。夕飯も喉は通ら無いのでお風呂に入って夫と「電話来るといけ無いから寝れ無いね」と暫く起きてた。朝方服のまま床に入ってうとうとしたら病院から電話が来た。直ぐに行ったが既に意識は無い…声は聞こえていると思います。とナースが言ったが、話し掛けても反応は無い。津だけタクシーで一旦戻り、怪物共と次男坊にご飯を食べさせてから動きが取れるチャリでまた病院へ(病院遠いので)。7時に当直の医師が来て「担当の先生もう直ぐ来るからね」と声を掛けたら「はぁ~」と返事をした。バイタルも上がった。いやいや、こんな時まで人の目を気にしてるのか
医師にだけは反応とは大正の人間、恐れ入りました。9時に担当の医師が「おはようございます」と声を掛けた途端、待って居たかの様に一気にバイタルが下がり、息を引き取った。戦争を学徒で経験し、膝に銃弾を受け事で帰って来れた義父。87年の生涯は生かされた命だね。今日は命日です。5年前はここまで暑くなかった…今日は義父の好きだったお刺身を我々は「手巻き寿司」で頂きます。