昨年末、私は2年間大切にしてきた子どもたちのコミュニティから去ることになった。
原因は、コミュニティの中で、気を回しすぎたゆえに、誤解を生んでしまった、さらに誤解を解こうと努力してもわかってもらえない歯がゆさ、庇ってくれた友だちを攻撃されたととっさに判断して、冷静さを失い、それまでの我慢が爆発した。
去るつもりはなかったのだが、どうしてもそうせざるを得ない状況となり、悩み抜いた結果、決断した。
それまでの私は、人からどう思われているのかがすべてだった。
子供の頃から人からどう思われているのか怖くて、仲間外れなされないように、自分を守るため、常にアンテナを張り巡らせ、高い下駄を履き続けていたと、そばにいた主人は振り返る。
そのコミュニティは、自分の子どもたちが参加する大切なものだった。
それを捨てるということは母親として絶対にできないことだと信じて疑わなかった。
それでも苦しくて苦しくて、ひとりで近所の共同墓地に車を停めてぼんやりと考えていたところ、実母から偶然電話をもらい、話を聞いてもらった。
「嫌ならやめていいんだよ。昔から繊細で、感受性の強すぎるあなたは、もう手も足ももげてしまってないような状態。そんな状況で立てなんて言えないよ。」
その一言で涙が溢れて止まらなかった。
その晩、一番そばにいてくれた夫にもお願いして、そのコミュニティを離れることを決めた。
そう、私は悪者のレッテルをはられたまま、自分の尻尾を切って逃げたのだ。
その後かなり苦しんだ。
残してきたものがたくさんあるから。
仕事が終わると押し寄せてくる不安に毎日悩まされた。
自分を責めて自分の頭を何度も叩いて一人泣いたこともあった。
そんな中で、信頼できる人に話を聞いてもらう機会があった。
彼もまた、理不尽な仕打ちを受け、辛い毎日を送り、いまようやく、立ち上がった人だ。
彼は言う。
人は完璧ではない。だからこそ、生きている価値があると教えてくれた。
「こうであらねばならない」という心の執着を捨てることを教えてもらった。
それから3ヶ月
「誰からも好かれるように、きれいに武装していた私」を壊された私は、失うものがなくなったような気がした。
同時にその頃から、夫の仕事の縁で、我が家に不思議といろいろな新しいことが舞い込んできた。
夫は、私を守れなかったといまでも悔しいと言ってくれた。だからこそ、このご縁を掴み、これからに繋げていきたいと言ってくれた。
その頃から、私はようやく苦しさから解放された。
自分のプライド、大切にしてきたコミュニティ、良かれと思って頑張ってきた自分、人からよく見られたいと高下駄をはいて無理をし続けてきた自分に今ようやく気づく。
あぁ、もっと自分を大切にして良いのだと。
風の時代になった今、人からどう思われるかという「他人ファースト」から自分はどうしたいのか?という「自分ファースト」に切り替えるべきなんだと心から感じることができた。
今日は有給をもらってひとりで映画を見てきた。
それまでの私は、人からどう思われているのか怖くてひとりでご飯を食べることもできなかった。
でも、今は映画館で好きなものを注文して、あぁ、美味しいと思って食べ、見たかった映画を心から楽しんで観る。
たったそれだけのことでも、私にとってはとても大きな成果だった。
とても、楽しかった。心が豊かになり、とても幸せだった。
自分のしたいことを一番に優先してできたから。
あの日のことは一生忘れないだろう。
でも、今は感謝ができる。
もちろん、協調性は大切だし、自分がしたいからと人様に迷惑をかけるようなことは人としてやってはいけない。
それでも、自分の中に当たり前に飼いならしていた他人からの視線に対する恐怖心は、もういない。
40歳を超えた今、これからの二十年をどう生きていくか、楽しんでたくさんのことにチャレンジして行きたいと思う。