大好きな小出さんに会ってきた

2017年8月末のメッセージを読んで

どうしても会いたくなった

いろんな想いが詰まっているひとことひとこと

全てに深く共感できた

 

お会いするのは2回目

前回は

2011年9月10日だった

もうあれから6年も経ったんだ・・・

あの時に知り合った

和歌山のお姉さんはどうしておられるのだろう

画像を撮りながらそんな事もふと考えた

 

 

 

 

キンカチョウのペペちゃんと

 

 

6年前に伺ったお話を思い出しながら

毎晩ラジオにかじりついて聞いていた

種まきでの声を思い出しながら

今回は

梅田の教会で

お話を聞いてきた

 

小出さんはちっとも変っていなかった

人に対する姿勢も精神も

誰に対しても同じ姿勢

同じ目線で話される

どんな質問にも丁寧に答えられる

 

6年前のお話から

変わっていた事は

あの事故で

誰も責任と取らなかった

責任を取らなくても済むという事が分かった

そんな事だった

 

心の晴れる内容ではなかったけれど

小出さんにお会いできて元気がもらえた

直接お話しする事は恐れ多くて出来なかったけれど

こんな世の中にでも

小出さんのような方が

確かに存在しているのだと

その事だけでも心の支えになった

 

世の中の人が

みんな

小出さんだったら

戦争なんてなくなるのに!

本気で叫びたくなった


 

 

セキセイインコ黄

 

 

 

 

Julian Lage - Nocturne

ブルーグリーンの衣類のトーンにも癒される

 

 

 

セキセイインコ青

 

 

 

物に執着しない

人に執着しない

何事にも執着しない

簡単なようで難しい

見習わなければ

 

 

以前にもブログにアップした

アビーリンカーンのThrow It Away

 

を思い出したので

もう1曲

 

 

ジョンスコVer.

 

 

 

何度も書くけれども

比喩はわからない

わからない事に対しては

答えようがないし

話しようがない

わたし自身が何かをしたという事なら

比喩ではなく

ハッキリと教えてほしい

 

陰湿な事はしたくない

もし私の気が付かないところで

誰かを傷つけていたのなら謝ります

私のブログを読まれて不愉快な思いをされたのなら訂正もします

 

どなた様のメッセージにも答えるつもりですし

直接訪問くださるのでしたらお会いします

 

 

 

 

念のために追記しておきますが

こちらのブログ記事に

比喩は使っていません

 

誰かを陥れたり

 

傷つけたりする内容を書いたつもりもありません

 

わたしは小出さん同様

政治家は嫌いです

陰湿な人、卑怯な人も嫌いです

 

そして無神論者です

けれど

どの宗教であっても

よい部分は取り入れようと

努力はしているつもりです

 

 

 

 

 

 

Brad Mehldau - My Favorite Things

 

 

 

嫌な事がいっぱいの世の中だけれど

そんな中でも素敵な言葉を見かけると嬉しくなる

私は想いを言葉にするのが苦手だから

正直ブログを書くのはあまり好きではないのだけれど

(興味のある音楽について書くのは楽しかったけれど)

見知らぬ誰かに暖かい言葉を

投げかけるような事は力量が無くてできないけれど・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を書けばいいんだろうか

 

わたしは誰かを傷つけるつもりはないし

 

巻き込みたくもない

 

これは2年前から

 

ブログで書いていた事と

 

ずっと変わらず・・・

 

今に至ります

 

 

 

わたしには何も見えていないし

何がどう伝わっているのか全くわかりません

ただただ景色を眺めて感じるのみ

 

 

これも変わりません

 

わたしの事だけなら、 ネットだけでのことなら

 

 

ずっと

 

そんな想いもありました

 

 

 

だけど

 

止まらない!

 

これ以上エスカレートする事は

 

避けたい

 

その想いで出したもの

 

 

 

 

 

 

 

や!め!て!

 

 

 

 

 

 

 

土台に向かっても

 

PCに向かっても

 

吠え続けている事です

 

 

 

オカメインコ

 

 

 

知りたいこと

知って良かったと思えること

知りたくないこと

知りたくなかったと思うこと

 

 

影響

 

 

そんなことを考えると

どストレートにしか言えない私は

誰もが見る事のできる

公のブログでは

なかなか発信することができません

 

受け取る人によって

それぞれ感じ方も違うから

 

 

 

 

 

子どもの頃から基本的な考え方には変わりありません

 

 

戦争・闘争・競争・争奪・紛争・論争・・・

争のつく事は 何に関してもとても苦痛

 

 

今はブログを見ることも苦痛

 

 

 

セキセイインコ青


 

 

 

人が人をコントロールする事なんてできない

 

 

辞めてと言っても止まない

 

どこもかも止まない

 

 

悪循環

 

 

 

わたしには助けることができない

 

 

 

だから

 

わたしのお勧めは

 

これ!

 

これしかない


 

 

 

 

年齢問わずまだまだ間に合う人はいっぱいいると思う

 

 

な!の!に!

 

 

 

けれど

 

 

 

他人の心を癒し

 

直接繋がりはなくともお互いに助け合い

 

何が起きても他人のせいにはしない

 

正直に誠実に生きる

 

そんな他人の存在があるとすれば

 

なんと心強い事か

 

 

一番必要なのは

 

 

覚悟

 

 

なのかもしれないけれど

 

わたし自身もまだまだ覚悟は足りてないけれど

 

 

そうでないなら

 

三猿がお勧め

 

 

偉そうに感じられたら

すみません

 

 

 

 

セキセイインコ黄

 

 

 

 


メールを

 

入れども音沙汰なく

 

周りと

 

対話すらできていない状況

 

 

 

 

ヒヨコ

 

 

証拠は欲しかったけれど

 

(証拠が無ければ警察にすら行けないから)

 

誰かに助けを求めている訳ではないので

 

(そういう性分では無いから)

 

また

 

わたし自身も誰かを助けられる訳でもないから

 

 

 

立ち去れる人は

 

早く去ってください

 

 

 

 

私が言えることは

 

いつもそれだけ

 

 

そりゃあできれば

 

多くの人にこんな世の中になっている事を

知ってほしいという気持ちもあります

 

 

こっちの問題

あっちの問題

そっちの問題・・・

 

 

 

 

もっと大事になって

 

我が家に警察が

 

お尋ねに来て事情聴取された方が

 

気が楽だ

 

とすら 思ってます

 

そうすれば

 

何が本当で何が嘘なのか

 

ハッキリするだろうから

 

 

 

 

これは他の人とは違うかもしれない

 

わたし自身の想い

 

誰かの指図でも何でもありません

 

 

 

 

 

 

ブログの方とは

お逢いした事も無いし

直接話したこともありません

 

誰とも!

 

どなたか相手の方に迷惑がかかるような事があってはいけないので

念のため書いておきます

 

 

 

 

何がどうなって何を言われているのか

分かりません

 

 

だから

余計に

これ以上の事が書けません

 

 

 

 

死の灰はどうしたら処分できるのだろうか?

進歩しすぎた科学はどうしたら後戻りできるのだろうか?

 

答えられる専門家はいるのだろうか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにか

ブログに書かなければいけないような気がして

でも

前のブログでも書いたように

 

わたしには何も見えていないし

何がどう伝わっているのか全くわかりません

ただただ景色を眺めて感じるのみ

 

なので

なにを答えればよいのか・・・

問いすらわからないのです

問われているのかどうかもわかりません

 

 

文章を綴るのが苦手な性格ですし

何をするにも

時間がかかってしまい・・

誰かのお役に立つような事なら兎も角

いまはそんな事も思いつかず・・

わたしの事になってしまいますが

備忘録的に

ここ数年間に渡る出来事を

かんたんに綴ってみようと思います

 

 

 

3年前、2014年のちょうど今頃から夏にかけてのこと

 

登校時、少し遅刻した末っ子が

校門に入る直前に意識を失い

2~3時間後に気が付いたら

見知らぬ場所に立っていた

・・・という事から始まりました

 

解離性健忘

 

と診断されました

そこから

解離性健忘に加えて

腹痛、下痢、頭痛・・・

いろいろな症状が出始め

外出する事すらできずの

 そんな日常になってしまいましたので

わたしはブログを続けることを断念し

また

公に発表することにもためらいがありましたので

少し離れた知人にメッセージを送って

休むことにしました

 

 

 

 

メッセージは後にも先にもこの一通のみ

 

 それから

2015年2016年と

多少上下の波はありましたが

状況にそうかわりはなく・・

 

 

「なんのためになぜ生きているのか?」

「普通の人は、なんで自分は正しいと考えて

普通じゃない人は間違っていると考えるのか?」

 そんなことを私に尋ねたりしましたが

知識の浅いわたしにはうまく答えることができませんでした

そのときに

図書館で目に留まった本が

泉谷閑示さんの

「普通がいい」という病

です

私自身にもぴったりの本で

かなりこの本にすくわれました

 

 

そして2015年

子どものことと並行して
父の状態が少しずつ悪化していきます
4年前に母が亡くなって以来
父は近所で独り暮らしをしていました
わたしはひとりっ子で
親戚付き合いもなく
子どもの事もありましたので
ヘルパーさんに助けてもらっていました

 

 

2015年のこの年から

家族のこと以外でも

いろいろな事が起こり始めました

 

 

入退院を繰り返していた父は

今年

わたしの誕生日の翌日に亡くなりました

 

優しい母とは違い

自己中心的ですぐに怒り散らす父でしたので

わたしは苦手でしたが

亡くなるまで

他人に迷惑をかけたくない

という信念は貫き通し

わたしや看護師さんが世話をするたびに

すまんな、すまんな

と、言う

今まで見たことがないような父の姿を目にし

心が痛みました

 

そんな父の書いていた尊厳死宣告書

 

 

 

けれど

これでもまだ不備がありました

それは

「点滴」です

わたしは点滴までが延命につながるとは

考えていなかったのです

子どもの事に必死で

父の治療について調べることを

後回しにしてしまいました

年末に

石飛幸三 さんの

平穏死の本を読んで気がつき

過剰な点滴を辞めてもらうことで

父は苦しみから解放されて

安らかな眠りにつくことができました

中心静脈点滴

お正月のあいだの1週間ほどでしたが

かわいそうな事をしてしまいました

 

 

子どもも新学期から

新しい学校になんとか通えるようになり

やっといま、ブログを見られるようになった

というところです

 

わたしはストレートな表現しかできませんので

比喩は一切入っていません

 

 

右や左の別の問題については

どう綴ればよいのか・・

ただただ

平穏な世の中になってほしい!

いまわたしが大きな声で叫べるのは

そんな事でしょうか

 

 

 

 

私自身の事で

 

お尋ね頂ければ

何でも話します