この時期になると、少しだけ憂鬱になります。

 

理由は、お雛様。

我が家にあるのは、私が生まれたときに祖父が贈ってくれた立派な七段飾りです。

 

田舎の大きな家では余裕で飾れていたものが、
マンションに移り、実家に戻り、そして今の家へ。

そのたびに場所を工夫し、ものを寄せ、生活空間を縮めながら飾ってきました。

 

正直に言えば、体力も気力も使うし、大変です。

「今年は飾らないの?」

母のその一言に、少しだけ胸がざわつきました。

本当は、
さっさと手放したい!
そう思う自分もいます。

 

でも同時に、祖父の気持ちや、これまで守ってきた時間を思うと、簡単には割り切れない。

そして何より、
母に逆らうことは、私ひとりの問題では済まない。

そう思うと、簡単に「もういらない」とは言えない自分がいます。

 

私はこれまで、
いつのまにか「親の価値観」をそのまま引き受けてきました。

婚礼ダンス。
子どもたちの学習机。
家にある大きなもののいくつかは、“私が選んだ”というより“持たされたもの”。

 

引っ越して何もなかったときの、あの身軽さ。
あの自由さ。

持ち物が少ないと言うことがこんなに快適とは。

感動したことを思えています。

 

だからこそ思うのです。

子どもたちには、
「持たされる人生」ではなく
「自分で選べる人生」を歩んでほしい。

依存ではなく、自立を。

大切にすることと、手放すこと。
そのバランスを、私はここで学び直したい。

 

お雛様を飾るたびに、
私は“過去”と向き合いながら、
少しずつ“未来”を選び直しているのかもしれません。

この連鎖は、ここで終わらせる。

怒りではなく、
自分の足で立つ選択として。