■竹脇無我さん、逝く | Enjoylife

■竹脇無我さん、逝く


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私が大好きだった、俳優の竹脇無我さんが亡くなった。竹脇さんは私にとってお父さんであり、素敵なおじさんでもあった。竹脇さんのお父さんの竹脇昌作さんのアナウンサーとしての放送についても父からよく聞かされていたので、とても親近感を持っていた。ショックであり、悲しく思う。

entertainment-church 竹脇無我さんの葬儀が執り行われた教会と式次第=東京都世田谷区の東京都民教会


<以下デイリースポーツの記事より>

時代劇「大岡越前」やドラマ「おやじのヒゲ」などで知られる二枚目俳優・竹脇無我さんが21日午後2時5分、小脳出血のため東京・大田区の病院で亡くなった。67歳。


葬儀は22日午後、都内の教会で密葬として営まれ、長年の友人である俳優・西郷輝彦(64)、関口宏(68)、長山藍子(70)らが見送った。竹脇さんは1993年ごろにうつ病を患い、約8年の闘病を経て復帰を果たしていた。来年1月には東京・明治座で久々の舞台に臨むとあり、「人生をやり直したい」などと周囲に意欲を語っていたという。


竹脇さんは21日未明、東京・大田区の自宅で睡眠中、居合わせた女性が異変に気づき、119番通報。病院に搬送されたが、約10時間後に帰らぬ人となった。


突然の別れだった。竹脇さんは2週間前に長年の友人である長山に電話をかけ「来年の舞台(1月、明治座)のセリフを完璧に覚えたぞー」と元気に話していたという。5月下旬にはドラマ「大岡越前」などで共演した加藤剛(73)の舞台を、7月下旬には親友・左とん平(74)の公演を観劇していた。亡くなる2日前には左の妻にも電話があり、長電話をしたばかり。寂しがり屋の竹脇さんは、たびたび知人に電話し、2~3時間話しこむことも多かった。


家族ら30人ほどで営まれた葬儀で、長山は「きれいな顔だ…きれいな顔だ」と顔をなでながらつぶやき、号泣した。


91年に親友の松山英太郎さん(享年48)を食道がんでなくしたショックなどから93年ごろ、うつ病を発症。セリフが覚えられないストレスや寂しさをまぎらわそうと、酒におぼれた。96年にはうつ病の治療のため、5カ月入院。後に「セリフを覚えようにも一行のセリフも入ってこない。あんまりだるいから毎日酒を飲んでました。ここから飛び降りたら楽になれるかな、と自殺を考えたこともある」と明かしていた。


15歳の時に最愛の父を亡くした。悲しみを乗り越え役者の世界に身を投じたが、「親友」の松山さんを若くしてがんで失った。子供のころから竹脇さんを知る牧師は、09年に「オヤジ」と慕った俳優森繁久彌さんが亡くなった後から、喪失感を埋めようと聖書を読み始めていたことを明かし、「最近は『人生もう一度やり直しだ』といって、自転車で近所を回ったり、いろんなことをしていた。以前は酒に頼ったりしてたけど…人生これからという時に、ね」と再起を誓った直後の突然の死を悼んだ。


葬儀の喪主は長女・友加さん(39)が務めた。後日お別れの会を開くという。