ミスターH その5 | Final Notice
 その翌日の昼過ぎ、Nさんは約束どおり家の前まで車で迎えに来てくれた。Nさんの車に乗り込むと、既にHが後部座席に座っていて、ニコニコと笑っている。

私は一晩空けても、まだ本当にHが車を買うだけの金銭的余裕があるのか心配で仕方なかったが、あまりしつこく言うとHの気に障るだろうと思い、この日は言及を避けようと決めていた。

『じゃ、行こうか…!』

Nさんがアクセルを踏み込み、車が走りだしたとき、前夜寝る前にもう一つ心配になったことがあったので、これは聞いてみた。

『お前、運転できるの?』

するとHは、今までになく強い口調で

『できるよ! バカにするな!』

と言った。Hが今までにこんなに強い口調で喋ることは無かったので、少し驚いた。

『そ、そうか…』

もちろんHをバカにするつもりは毛頭無かったが、Hに不快感を与えたようだ。私は素直に反省した。

ちょうど昼時で、Nさんも、Hも、私も腹が減っていたので、『腹ごしらえをしよう』ということになり、まず自宅近くの牛丼チェーン店に入り、3人でテーブル席に座って、思い思いの丼を注文した。Nさんと私は大盛りを注文したのだが、Hは当然特盛(大盛りよりさらに大きい)を注文するのだろうと思い、

『H、特盛だろ?』

と聞くと、意外にも

『いや、並…。俺、そんなに食べないよ。』

…つくづく興味深いヤツだ。食べずにこれほどのデカイ体をどうやって維持しているのだろうと不思議に思いながら、運ばれてきた丼に箸を入れた。


腹ごしらえをした後、Nさんが勤務するディーラに向かった。以前Nさんと待ち合わせをした時、店の近くまで来たことはあったが、中にまで入るのは私も初めてで、少し緊張していた。

Nさんは私の居ない間に、既にHの趣向を聞いていたようで、既にH向けに数台の候補を思い浮かべていたらしく、早速1台目の車にHと私を案内してくれた。

私自身、車にそれほど詳しくないのだが、Nさんの会社は国産大手の新車ディーラーなので、外観と運転のし易さ、後は値段さえ問題なければ、車の品質については全く心配要らないので安心だ。もしこれが中古車選びだったとすると、途方も無い時間と労力を必要としただろう…。

Nさんが案内してくれた1台目の車の運転席に、デカイ体を押し込むようにしてHが座る。決して小さい車ではないのだが、それでもHの膝くらいにハンドルがある状態で、かなり窮屈そうだ。Nさんがハンドルの位置を少し上げ、シートを最大限に後ろに下げてくれたが、それでもあまり変わらない。

Hは久しぶりに車のハンドルを握ったのか、『おお…!』と感嘆の声を上げていたが、やはり『少し狭い…』と言ったので、Nさんが2台目の車を案内してくれた。

2台目の車は1台目の車より少し小ぶりだったが、車内はかなり広い設計になっているようで、運転席に乗ったHを見ても1台目よりもかなり余裕がある。Hも『こっちのほうが運転し易すそう…』と嬉しそうにハンドルを握っていた。

Nさんが、『試乗できるから、ちょっと乗ってみるか?』と言ってくれたので、私もここは遠慮することはないと思い、

『乗ってみろよ。車なんだから、乗ってみないと何もわからないぞ』

とHに言ったのだが、

『え…いいよ…』

と、Hはあまり気が乗らないようだ。何度か試乗するように促したのだがやはり気が進まないようなので、Nさんが気を利かして、一旦商談テーブルに戻り、先にオプションの説明や、保険の説明、それから肝心の金額の説明をしてくれた。


つづく