阿古真理の『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』 | 北海道発・生活問題を考えるブログ

阿古真理の『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』

阿古真理の『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』

 

 本書は、テレビや雑誌で活躍する多くの料理研究家たち、特に小林カツ代と栗原はるみにスポットをあてた新書です。

 

 料理研究家と呼ばれる人びとの歴史がそのまま日本人の暮らしを映し出しているという視点から書かれています。江上トミ、飯田深雪から料理研究家二世の時代まで、その流れや特徴を俯瞰することができる労作といえます。

 

 サブタイトルには「料理研究家とその時代」とあり、小林カツ代と栗原はるみだけを取り上げているわけではありません。

 

 しかし、小林カツ代と栗原はるみを比較しながら分析していくところに本書のおもしろさが際立っていました。だから二人の名前をタイトルにしたのは間違いではなかったのでしょう。

 

 まず冒頭部分には、本書のなかで取り上げた料理研究家を一覧できるマトリックスが載っています。このマトリックスこそ、一番のウリと言えます。

 

 創作派と本格派をタテ軸に、ハレとケをヨコ軸にして料理研究家の名前を落としていて、名前の下には生没年が付記されていますから、どの時代に活躍した料理研究家なのかも一目瞭然。

 

 このマトリックス一枚を作るのに、著者は、どれだけたくさんの彼・彼女らが著した本やレシピ本を読み込んでいったのか、苦労の一端が伝わります。

 

 小林カツ代と栗原はるみだけではないと言いつつも、やはり小林カツ代と栗原はるみを比較検討した部分が読ませどころです。

 

 一部を以下に引用してみましょう。

 

 十歳年長の小林カツ代は、プロセスを大胆に変えた時短レシピを発表したが、基本的に味が想像できる安心感がある。対して栗原は、味に冒険がある。洋食や和食というジャンル自体にこだわらない。

 

 小林は、西洋料理、中華料理、日本料理とジャンル分けされた料理を外で食べてきたベースがある。対して栗原は、実家で和食を、結婚相手の家で洋食をと、食べてきたものが家庭料理中心だったため、ジャンルにこだわりがなかったと思われる。

 

 小林がデビューした時代は、洋食や中華へのアレンジが求められていたが、栗原が活躍を始めた一九八〇~九〇年代はグルメの時代で、本格的な中華の味を人々が知り、イタリア料理とフランス料理が違うことを知った。加えて、無国籍料理が外食で流行り、『オレンジページ』などが率先して、味つけでバリエーションを出す料理の人気を牽引していた。

 

(阿古真理『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』新潮新書、2015年、143ページ)

 

 

 二人の比較はまだまだ続きます。著者は栗原はるみを「熱狂的なファンをたくさん持つタレントとしての自覚」があって「あたかもそれは皆に愛されるアイドル」のような存在としてとらえています。

 

 それに対して、小林カツ代は「家庭料理の常識に挑戦し続けたアジテーター」であり、「常識をくつがえすような価値観を提示するアーティストでもあった」と述べています。

 

 プライベートな出来事(結婚や離婚、子どものこと)にも触れて、対照的な二人の料理研究家の特徴をつかもうとしています。

 

 新書らしい軽さ(決して皮肉ではありません)で、気楽に読みつつも料理研究家たちの歴史を概観できる一冊といえます。

 

 どうしてあの人やこの人が登場しないのか、取り上げられていない料理研究家のことを持ち出してはいけません。著者にゆだねるのではなく、本書を手がかりにして読者自身が考える、その楽しみを与えてくれる本といえます。