「啐啄(そったく)の機」という言葉がある。
「啐啄同時」とも伝えられる。
「啐」は親鶏が孵化しようとしている卵の殻を、外からつっついてやる、
「啄」それと卵の中から殻を破ろうとするヒナ鶏とがぴったり呼応する、
もし卵が孵化しようとしているのに、親鶏がつっつきが遅れればヒナは窒息してしまう。
逆につっつくのが早ければ、まだヒナになる準備のできていないのが生まれてきてしまう。
早すぎず、遅すぎず、まさにその時、というタイミング。
その言葉は、人との「縁」についても言えるのではないか。
一日に何人の人たちとも新しく出会う。
その中で、きっと、今しか出逢えない「縁」がきっとある。
自分はそれに気づき、大切にしているだろうか。
人は「縁」によって生かされ「縁」によって成長し、
「縁」に生きる喜びを感じる。
人の呼応に、ぴったりと合わせているだろうか。