あとがき(小説『ライズ・オクトーバー・ライズ』) | Kのガレージ

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“書く”ということを続けていたい。
生きたという“あかし”を残したい。

 東京は、今日も街のあちこちで高層マンションの建築が進んでいる。一体どれだけ建てるつもりなんだろう、毎日そう思わされる。本当に行く先々でマンションの建築現場ばかりが目につく。

 ひと昔前、東京を形容する言葉として「コンクリートジャングル」というのがあったけれど、今まさに東京は、どの街へ行っても、まるでコンクリートジャングルを目指しているかのように、マンションの建築ラッシュとも言うべき状況にあるように思う。

 かく言う僕も、地方から出てきてそのマンションに住む人間の一人だから、それに意義を唱える資格はないのかもしれない。ただ僕の場合は、いわゆる一般的な都会への人の流入ルート、例えば進学とか就職とか、そういったルートとは少し違って、やや特殊な事情で東京へ来ることになって、なんだかんだで四半世紀以上が経ってしまった、そんな経緯がある。あまり一般的ではない、ちょっと異色な分岐点があった。それがなければ、僕はきっと今頃地方で生活していたに違いない。

 二十歳までの僕は、生まれも育ちも地方なら、進学先もこれまた出身地とは違う地方、そんな人生を送っていた。いずれも東京からは新幹線や飛行機で一時間半以上はかかる遠い土地だから、筋金入りの地方人だったと言って差し支えないだろう。

 それが今では、すっかり東京で暮らす東京人になってしまったけれど、そもそも東京人のほとんどが地方人と言ってもあながち間違いではないし、今のこのマンション建築ラッシュは、その傾向にどんどん拍車をかけているのではないだろうか。

 どんどん建てられていく数々のマンションを目にするたびに、地方が心配になる。これだけ東京に人が流入していたら、地方はどんどん廃れていってしまうんじゃないか、そんな不安にかられてしまう。

 それは僕が生まれ育った土地で体験してきたことに大きく起因している。幼少期から中学生の頃まで、僕は地元に伝わる郷土芸能や伝統芸能に触れ、見て聞いて、実際に踊った経験があるからだ。

 僕が生まれ育った土地は、郷土芸能の保存・伝承活動に熱心な土地だった。通っていた中学校には「郷土芸能発表会」なる校内イベントまであるほどだった。

 夏休み、夕方から地域の伝承者の家に集まって、広い庭先で郷土芸能の練習をして、踊りや太鼓や笛をおぼえて、秋の発表会を迎える、そんな中学時代だった。今思い返すと、とても懐かしくて、郷愁にかられて、ノスタルジックな気持ちになる。日本の原風景、地方の原風景に触れるような気持ちになる。まさに僕にとっての原体験だ。

 少年時代の大切な思い出でもあり、伝統や郷土を敬う気持ちを育む糧にもなった、郷土芸能の伝承活動。それもきっと廃れてしまっているのではないだろうか。そんな嫌な予感が、増え続けるマンションの数と比例するように増していく。

 あのとき僕たちに踊りを教えてくれた大人たちも、もうだいぶ年をとってしまっているだろう。普通に考えて我々の親世代だから、もれなく後期高齢者だ。

 子どもの数もどんどん減っている。小中学校の生徒数の減少や統廃合の話は地元に帰るたびに耳にする。伝承活動を支えるために必要な若い担い手が、年々、確実に失われつつある。

 地方や田舎に対する心配や不安、とりわけ、伝承してきたものが伝承されなくなってしまう、途絶えてしまう、そういったことを憂える僕の気持ちが、この『ライズ・オクトーバー・ライズ』には込められている。

 深刻な問題として取り扱うつもりはなかった。そういったタッチで描き切る自信がなかったからだ。きっと書いているうちに気持ちが沈んで書けなくなってしまうだろう。だから青春ストーリーに投影して、郷土芸能や伝統芸能に光が当たるように書いた。光を当てたかった。廃れていくものとして描きたくはなかった。

 ダンスやブレイキンといった、若者らしくて、青春っぽくて、華々しいものとセットにしたのも、郷土芸能や伝統芸能にだって若者らしさや青春っぽさや華々しさがあっていい、いや昔はあったはずだ、そんな気持ちでいるからだ。

 中学生だった僕たちに郷土芸能を教えてくれた当時の大人たちにも、同じように伝承活動に携わった中学生時代があったわけで、それぐらい昔は、そしてそれよりももっと昔は、きっと郷土芸能には、若々しい、青春っぽい、華々しい、そんな香りがいっぱいに漂っていたんじゃないか、そんな想像をしながら書いた。

 そんな想像をしながら、僕は今日も街へ出かけて、林立するマンションに囲まれながら生活している。郷土芸能が身近にある田舎で過ごした少年時代。あの頃はよかったな、そんな思いすらとうに通り越して、あれは夢だったんじゃないだろうか、そんな感覚にすら陥りそうになりながら、僕自身も日々マンションで寝食を繰り返している。そうすると時々、情緒が乱れてしまいそうになる。

 あの頃はよかった——。そんなことを言うのはナンセンス、勘違い発言、言ってはいけないこと、カッコ悪いこと、ダサいこと、いつの頃からかそんな風潮を感じる。ハラスメント扱いされてしまいそうな空気すら今の時代には漂っている。

 だから僕は物語にして書いた。田舎の高校生が郷土芸能を通して青春の輝きを放つ物語を。逃げるように東京から地方の片田舎へと移った少年・タケルに、もしかしたら僕は、無意識のうちに、僕自身を投影していたのかもしれない。タケルに望みを託していたのかもしれない。

 地方や田舎の若者たちの青春、郷土、伝統に光を当てたい——そんな望みを。あの頃はよかった、その思いを今この時代に、迷いなく表現するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小説『ライズ・オクトーバー・ライズ』

あいつらと一緒なんて、死んだほうがマシだ——。

いじめから逃げるように、東京から地方の高校へ進学したタケル。

郷土芸能やダンスを通して出会った仲間たちとともに、

たくましく成長していく青春ストーリー。

郷土芸能、ダンス、どちらもクライマックスを迎える十月、

タケルたちの運命が大きく動き出す。

↓第1話はこちら↓

(※物語は全てフィクションです。小説に登場する人物等は全て架空であり、実在の人物や団体等とは関係ありません。)