
今日の京都新聞に本能寺の発掘のことが載っていました。
前の記事でもご紹介しましたが、信長が討たれた本当の場所は今の本能寺とは別のところ。
前の記事でも書きましたが、旧本能小学校の廃校に伴う工事でなにか出てこないかな・・・と期待していた当時はめぼしいものの発見は報じられませんでした。
今回はこの旧本能小学校すぐ近くのマンション建設現場での調査で、大量の瓦や石垣が見つかったと記されています。
新聞によると、信長の居館が二重の堀や土塁で囲まれていたとすると、無防備で襲われたとする、映画などで描かれた本能寺の変のイメージは根底から覆される発見であると伝えています。
焼けた瓦の割合から想像しても、本能寺は全焼ではなく半焼程度であった可能性も高いとされていて、非常に興味深いものがあります。
こういう発見によって、「定説=真実」ではないということが実証されていくことは、すごく新鮮な驚きを与えてくれます。
いつか機会があったら、こんな調査にも携わって見たいなあ。
新聞にはもう少し詳しく書いてありますが、京都新聞電子版「本能寺の変」の焼け瓦発見 旧寺跡で 堀や石垣もにも記事が出ています。