みなさん、こんにちは!

こんばんは、おはようございます☀️

今日は、栃木県足利市にある日本最古の学校・国指定史跡「足利学校」をみなさんにご紹介したいと思います📓🖋️


✳️足利学校(あしかが がっこう)✳️
「足利学校」の創建については、奈良時代の国学の遺制説、平安時代の「小野篁(たかむら)」説、鎌倉時代の「足利義兼」説等がありますが、歴史が明らかになるのは、室町時代の「上杉憲実(のりざね)」が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、「庠主(学長)」制度を設けるなどして学校を再興した頃からです!

✳️フランシスコ・ザビエル✳️
天文18年(1549年)には、「フランシスコ・ザビエル」により、「日本最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介され「学徒三千」といわれる程になりました。

江戸時代になると、貴重で良質な漢籍を有する文庫として、多くの文人や学者をうけいれました!

江戸時代の末期には「坂東の大学」の役割を終え、明治時代の初めに幕をおろしましたが、「足利学校」の自学自習の精神は現在に引き継がれています。

✳️受付✳️
まずは受付で参観料を納めます! 
(大人 480円。高校生 240円。小学生120円。)

✳️入学証✳️
参観料を納めると「入学証」を頂けるんですが、受付の方に「この度はご入学おめでとうございます!」といわれたのが印象的でした。

✳️孔子(こうし)像✳️



✳️ 足利学校「稲荷社」✳️
この「稲荷社」、正式には「正一位霊験稲荷社」と称し、足利学校第7世庠主「玉崗瑞與(九華)」が天文23年(1554年)9月、足利学校の鎮守である「稲荷大明神」の社殿を再建し、「八幡大菩薩」を合祀したとある事から、創建はこれよりかなり時代を遡ると思われます!

✳️手水舎✳️
霊験あらたかで、江戸時代には足利の町をはじめ多くの人々の信仰を集めました。

伝えによれば、「稲荷社」の狐(キツネ)が異変を知らせてくれた事から大切にされ、11月には「御供小豆飯」を藁にのせ、狐穴に備えたといわれます。

✳️御朱印✳️
明和7年(1770年)、第16世庠主「千渓元泉」が、稲荷大明神を改め、「正一位霊験稲荷社」としました。
現在は、「学業成就の神」として信仰されています!

✳️学校門✳️ 
寛文8年(1668年)の創建。

「足利学校」のシンボルとして現代へ継承されています!

✳️字降松(かなふりまつ)✳️
読めない字や意味の解らない言葉などを、紙に書いてこの松の枝に結んでおくと、翌日には「ふりがな」や「中釈」がついていた事から「かなふり松」と呼ばれるようになったと伝えられています。

✳️杏壇門(きょうだんもん)✳️
寛文8年(1668年)の創建。
明治25年(1892年)に、町の大火の飛び火により屋根扉が焼け、同30年代に再建したものです!
「杏壇」=孔子が弟子達を教えたところに、「杏の木」が植えられていた事に由来します。

✳️不断梅(ふだんばい)✳️
「杏壇門」を入って左手にあります!
実が熟さないため、青い実が黒くなり冬まで枝に残っています。
常に実が断えない事から、その呼び名になりました。

✳️孔子廟(こうしびょう)✳️
寛文8年(1668年)、徳川幕府4代将軍「家綱」の時に造営されたもので、中国明(みん)時代の「聖廟」を模したものと伝えられています!

儒学の祖「孔子」を祀る「廟」です!

✳️孔子(こうし)坐像✳️
「足利学校」では毎年11月23日に「釋奠(せきてん)」が行われます!
「釋奠」は儒学の祖である「孔子」と、その弟子を祀る儀式で、この言葉には「供え物を置く」という意味があります。

✳️小野篁(おののたかむら)坐像✳️
現在、史跡「足利学校」・東京の「湯島聖堂」・岡山県備前市の「閑谷学校」・佐賀県多久市の「聖廟」などで行われます!

今日はこの辺で!
次回も引き続き「足利学校」をみなさんにご紹介したいと思っているのでお楽しみに♪
では、また👋
いやさか~✨