社会人になってから本格的に始めたランニングですが、

今では、趣味は?ときかれたら「走ること」と答えられる程度にまでなってきました。


ま、見る人が見たら「趣味の域を超えている。。。」と思われたりもしますが・・・。




一年ほど前、ランニング仲間の後輩に聞かれたことがあります。





「人って何で走るんでしょうね?」





そのときなんと答えたかは覚えていませんが、

おそらく彼女を満足させる答えではなかったと思います。

そこまで深く考えたことがなかったから。



「その人によって目的は異なる」



というのが無難な回答なんだと思う。


たとえば、僕が部活をやめてからも走り続けるのは

「ダイエットのため」だったり、「体力維持」だったりします。



ただ、後輩が求めているのは、もっと根源的な理由。

なんとなくその問いを頭の片隅におきながら、走るようになりました。




そして昨年末、初めてフルマラソンを走ったとき、

自分の中で腑に落ちる感覚がありました。






「生きていることを実感するため」






走っている途中でエネルギー補給がなんども必要なくらい、

日常生活であんなに空腹感を感じることは、今のご時世めったにない。


給水所に置いてあったお菓子(コアラのマーチ( ´艸`)協賛が明治製菓だった)を

貪り食いながら、「生きてる!」って思った。


息が続かず、これ以上走ったら死ぬーって感じる裏返しが、

今まさに生きているという実感なんだと思う。


走った後のビールや食べ物があんなにおいしいのも同じ。





普段何気なくしている「水を飲む」とか

「ご飯を食べる」、究極的には「息を吸う」という行為が

生きるために必要なんだと、気付かされる。



そんな感覚を味わうために、これからも走り続けたいと

改めて思わされた出来事でした。



余談ですが、先日会社の社長にも偶然同じ質問をされ、

いつもは僕の考えになかなか同意してくれない彼が(そりゃ仕事だからな。。。)、

珍しく納得しているのを見て、なんかうれしかった(笑)



アメブロに登録して早一年。


やっとブログ書けました。。。


もともと、いわゆる「日記」というものが得意ではなく、

小学校を卒業して以来ほとんど書いたことのない私ですが、

この歳になってやっと「書き残す」という行為の意義を再認識しました、なんとなくだけど。



日々なんとなく考えていることは多いんだけど、

そのほとんどは形にならない「ぼやっとしたもの」で、

そのまま追憶のかなたに葬り去られてしまう。



その「ぼやっとしたもの」のなかに自分にとって大事なものってあるんじゃないかな。

そう思わせてくれたのが友人のブログでした。



たとえば同じものを見ていても、

それの表現の仕方は人によって異なるわけで、

他人が表現したものを見てみると、

そんな風に感じてたのかーって感心するんだけど、

じゃあ自分はどう感じてたのかなって思い返してみると、

なかなか思い出せない泣



それってなんか惜しいなと。



あとは「写真」。

写真も出来事を「切り取って残す」行為ではありますが、

その人個人によって切り取り方が異なります。



その写真に一言添えるだけで、また違った広がりが、

何気なく取った写真の意味みたいなものが

見えてくるんじゃないだろうか?



ここ数年は出かけるときは必ずといっていいほど

カメラを持ち歩いているので、撮りためたものがたくさんあります。



これから撮る写真だけじゃなく、

過去の写真にも「意味づけ」をしていきたいなと思います。



当初登録時に書こうと思っていた内容とは大幅なずれが生じておりますがあせる、

まあ自分らしいな(^▽^;)