3月27日に保育所を修了し、



4月8日に入学式があり1年生になったセナ。




なのに…




まだ1日もランドセルを背負って学校へは行っていません。



昨今、世界中で問題になっているコロナ…



カイは学校が4年生の2月末から休校になり、
修了式もないまま、通知表も親が貰いに行き、長期休み。


入学式の午前中に始業式、前日にHPでクラス発表があり1時間程で帰宅


5年生になった自覚がまるでありません。


課題もやってんだかどーなんだか。



2人で毎日お留守番。
全然外に出ず体も動かさずゴロゴロエンドレス。



私はありがたい?事に仕事はあるけれど、毎日怖い…。
ととちゃんは毎日4時帰宅になってしまいました…


完全に体力の落ち切った子供らと夕方散歩しています。


今日は1時間歩いたよ。



大好きな志村けんさんが亡くなり、一層コロナが怖くて…



いつになったら〝普通〟に戻るのかな


友達にも会いたい。


セナがランドセル背負って学校へ行く姿を早く見たい。



とっとと収束しろ!バカコロナ‼︎


…とか吐き出してみる。


修了式は親は1人だけ、ホールには入れず外から式を見る形。

入学式も親1人、体育館には入れたけど、4クラスを2クラスに分けて入れ替え制の15分。



カイと同じ1年4組になりました。
因みにカイは5年1組。



ステイホーム!
乗り切ろうみんなで!
そこで獨協に行って、骨髄炎の手術をしてくれた先生に診てもらおうと受診。

でも四年も経つと変わるんだね、
その先生、月に1回しか獨協に来ないと!

そこに合わせて予約を取り、 

これだけ繰り返してたら手術適用だけど…
オレもうここじゃ手術してないんだよね〜
流山と久喜どっちがいい?
どうしてもここってなるなら違う先生に話しとくけど…
やるなら冬休みかな!

両方の病院のパンフレットを貰って帰り、紹介状も書いてもらいました。


とりあえず流山の病院宛にしとくけどどっちでもいいから〜とのことで、久喜にしました。
やっぱり色々分かってくれてる先生がいい。
信頼してるしね。
しかも久喜の病院では整形外科部長!


それが9月。

それまでにも何度か痛みで動けなくなりました。


10月中旬
久喜の病院に。

もうやっちゃうか。来月!7日!

と話が進み、


この間、手術受けて来ました。

片足ずつでも両方いっぺんにでもいいよ
との事で、2度も入院は…と話し合って両方いっぺんにやることに。



骨切り術

一度筋肉を骨から剥がし、外脛骨を削り、また筋肉を付け直す。



カイは3回目の手術。
私からしたらセナも合わせたらもう5回目の手術。
 
不安だし緊張もするけど、
初めて我が子を手術に送り出した時とのこの違いよ。

ご飯も喉を通らないくらいだったのが、
回数を重ねる事に普通に食べれちゃう笑笑
怖いねー笑笑


翌日にギプス を巻き、早々にリハビリ開始。
車椅子に自分で座れるように、ベッドからの移動練習をし、いきなり歩かされる。

2日目には松葉杖練習。



毎日、1日2回のリハビリを頑張って11日間の入院生活をし、

本日退院して来ました!

ギプスは来月11日に外します。
普通に歩くのは大丈夫だけど、負荷かけ過ぎると筋肉がブチっと外れちゃうからね〜なんて脅されて、
しばらくは学校も車椅子で送り迎え、校内では車椅子と松葉杖を駆使して生活して行きます。

でも、これで
ずっとあった痛みともさようならだね。


また気が向いたら更新します笑笑

久しぶりのブログは我が家の長男くんの記録です。



4年前、右踵骨髄炎を患い、再発の可能性もあるからと2年間は病院に定期的に通い、経過観察をしていました。

もう卒業だね!
と2年生の夏に主治医の先生から言われ、整形外科ともさようなら。


しかしそれから1年
3年生の夏に足が痛いと半泣きで学童から電話が。
もう悪夢が蘇る…。
迎えに行くと保育室のベッドでうずくまってた。

後にも先にも、骨髄炎の時ほど痛がって泣いた事はない。

しかも右足。骨髄炎を発症した場所のすぐ脇が痛いと。


もう完全に再発だわ…
そう思ってとりあえず小児科に駆け込んで、事情を知ってる先生だからすぐ様に紹介状を書かれた。

でもそれ春日部…
が、行かない訳にも行かない。
翌日学校を休んで受診。

そこで
再発ではないよ
でもこれだなぁと、

とそこで初めて【外脛骨】の存在を指摘される。

痛いのは【外脛骨】と言う、普通はない過剰骨でした。
 

痛みが出たら絶対安静、湿布ね!
成長期が過ぎれば痛みもなくなるから!
と診察をされて帰りました。


走り回って遊びたい年頃
空手頑張りたい
登山も行きたい
成長期が過ぎればってあと何年?

インソールを買い、痛くなったら安静を繰り返しても、運動するともういたちごっこ状態でした。



②へ続く