流産の話①

流産の話②

流産の話③


【すべて知ってもらいたいと思った理由】

前回のこじらせ経験が、今回の結果を生んだのかもしれないという自戒もあります。

そして、大事な友達からの言葉の影響もありました。


「笑っていても泣いてるよね、悲しいよね、頑張り屋さんの加奈ちゃんが心配です」


との言葉をかけてくれて、

笑っていても泣いているということを分かってもらえることが、こんなにも救われるんだ、癒されるんだと実感しました。



誰彼かまわずに優しい言葉を掛けてほしいわけでもないですし、とにかく慰めてほしいというわけでもありません。


短い間だけど、確実に私のお腹で生きていた命たちの存在を、あえて何もなかったことのように抹消する必要ってないんじゃないのかなぁとも思ったんです。


あと、私が知る限りでも流産や死産、不妊、赤ちゃんに関することで辛い思いをしている人は少なからずいること。


これは経験した人にしか分からない痛みだけど、

「赤ちゃんまだ?」「二人目まだ?」「兄弟は作ってあげたほうがいいよ」「兄弟の年は離れていないほうがいいよ」などの悪意なき質問や、いらぬお節介が、

こういう経験をした人にとってはどれだけ傷をえぐる言葉なのか。


ほんの少しの想像力を持って、口に出すほんの一瞬前に心に留めてみてほしい。


配慮配慮、配慮せよとは思わないですが、

そのちょっとした想像力で、言葉のセレクトも変わると思うんです。


私を含め辛い経験をしてきた人、いままさに辛い真っ只中にいる人に向かう悪意なき棘が、ほんの少しでもなくなってほしいという願望も、今回私の経験を書こうと思った理由のひとつです。



【今の気持ち、これからのこと】

さて、私はこれから「不育症」を疑って検査や治療に通うことも検討しています。


「不育症」とは、何らかの原因で妊娠を継続できない、2回連続(または3回以上、または心拍確認後の流産を繰り返す、など病院によって解釈の差あり)で流産を繰り返してしまう症状を言います。



今は妊娠が恐怖でしかありません。

治療なんかせずに早く次の妊娠をしたい、間をあけたくないという気持ちと、でも怖いから妊娠したくないという気持ち、相反する気持ちに挟まれています。


私はもう30代後半、年齢的なこともあるし、治療へ進むならば経済的なこともあるし、それこそ娘との年齢差もだいぶ空いてしまいました。

今後無事出産まで至ったとしても、もう一緒に小学校へ通う姿を見ることもできないのです。


次へ向けての気持ちなども書いていますが、心臓の止まった赤ちゃんは、いまこの瞬間も、まだ私のお腹の中にいます。

自然に進行しない限り、来週手術をしてもらう予定です。

前半部にも書いたように、自然に進行するパターンも経験済みなので、恐怖や焦りはありません。


こんななか、上の子(と呼ぶこともまたできなくなってしまったんですが、お腹にいる間はそう呼ぶことにします)の誕生日会があるため、

今日横浜の私の家族、明日京都の夫の両親がやってきます。



この誕生日会で、妊娠を報告するつもりでした。

誕生日会というタイミングでの死、

命の始まりを告げるつもりが終わりを告げることになる。

皮肉なもので、まさに天と地ですね。


娘にはかわいそうな思いをさせたくないので、何も知らない夫の両親には、今回は知らせずに過ごしたいと思います。


長々と、この数年に渡って私が経験したこと、感じていた思いを書きました。

こうして書き出したことで、ほんの少し気持ちが軽くなったのも事実です。

思い出したくない経験を思い出させてしまった方がいたとしたら、申し訳ありません。


それから、こういう内容ですので、

「いいね」はちょっと違うよね、コメントもし辛いよなぁなどと考えてしまうお気持ちも分かりますので(笑)、

【コメントや「いいね」を欲して書いているわけではありません】

ということを書いて終わりにしたいと思います。