「いつものヤツ、下さい」
で、通じる店があると非常にラクである。
僕にとっては髪を切る床屋なんかもそのひとつである。
床屋は店が変わるといちいち髪型の説明しなくてはならないので面倒だ。
だから、子供の頃から通っている店に片道3時間かけて行くことにしている。

今回は散髪ではなく、石鹸を買いに行ったのだ。
僕は”男の香り”とは「石鹸とレザーとパイプの煙の香り」と勝手に決めているし、この床屋は結構ユニークでお気に入りなのだ。
この店は電話で予約して店に行くと十円玉の入った紙マッチくらいの大きさの小袋をくれる。
電話代をくれるのである。
十円玉でない時は記念切手や10セントのコインが入っていたりする。
これが結構、面白くて気が利いているなと思う。
店内にはAMラジオじゃなくて「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が流れていたりするのも良い。
また、店の隅のテーブルで飲み物も飲める。

ウィルキンソンのジンジャーエールである。カナダドライでないところがいい。
この生姜の利いたウィルキンソンを110円で客に飲ませている。瓶を返すと瓶代10円をくれる。
この床屋、髪を切らずにビートルズを聴きながらジンジャーエールを飲んで帰ってしまう客もいるのだ。
駄菓子屋みたいなノリである。
そういう僕も髪を切らずに石鹸を買いに来たのだ。
僕が買い求めたのは「ハラブ」の石鹸と「ナルシシスト」のシェイビング・ソープだ。
ハラブはバージン・オリーブ・オイルとローレル・オイルのみで作られている。イラン製。紀元前からあるらしい。
僕は電気剃刀が嫌いなので毎朝、床屋がやるように湯を沸かして石鹸を泡立ててジレットの剃刀で髭を剃っている。
ここ20年来続けている朝の儀式みたいなもので、湯気と石鹸の香りを嗅ぐと一日が始まる気分になる。
スピーカーからはサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドではなくモーツァルトが流れている。