風流お好み焼き・染め太郎の名づけ親は{如何なる星の下に}の作家、常連客だった高見順だ。

 昭和12年=1937年、漫才師・林屋染め太郎が出征して、残されたオカミさんが、自宅で元手いらずのオ好み焼きを始めた。

 で、浅草芸人のたまり場になり、やがて作家や文豪までが出入りするようになる…有名なところで江戸川乱歩、他に開高健、野坂昭如、勝新太郎、渥美清なども来たと聞く。

写真:エアコンなしの部屋/上部に有名人色紙・下にココで支払う現金のみと英語の張り紙。。

 また戦後、無頼派と呼ばれた太宰治、檀一雄、石川淳なども常連のようで、私は見ていないが{鉄板に手をついて・ヤケドせざりき男あり}の、坂口安吾の色紙もあるそうだ。

 染め太郎は、雷門や六区などから離れた、町家の中の一軒家で、風情ある建物は、戦前かと思いきや、戦後だそうだ。

 外国人向けガイドブックに載り、SNSの評判を聞きつけたのか、行列には外国人が並び、八割方外国人旅行者だったこともある。

 染め太郎は、夏行く所ではない…エアコンがなく、扇風機だけだからだ。また、履き物は脱いでビニール袋に入れて、座席まで持ち込む。

 ここのメニューは変わっている…値段の所に、円ではなく、縁と書いてある…浅草らしきダ洒落である。

 お好み焼きは15種類ほど有るようだが、しょうが天の700円から、一番高いので、ねぎ天デラックス1500円だから、財布にやさしくドンドン注文出来る/コロナ禍前。

写真:五目天は良く掻き混ぜてから/上部の紙に焼き方が。

 昔は、オ姐さんが焼いてくれたが、近頃はセルフサービス…で、焼き方が紙に書いてある。

 でも「どうする?」と聞けば、あまり混んでいなければ、やってくれる。が、全部ではない…「これでしばらく焼いてから二枚のヘラでひっくり返し、暫くしたら食べられる」と言って、行ってしまう。

写真:焼けたら二枚のヘラでヒックリ返す。

 人件費が高くなって、たくさんオ姐さんを置いておくわけにもいかないのだろう。

 自分でやるなら、まずラードを鉄板に引き、丼の具材を良く掻き混ぜて、鉄板にあけて、拡げて、待っていると焼けてくる。

 鉄板は、かなり厚いのだろう、具材をあけても、瞬間に温度は下がらないようだ。

写真:右ステンレスにラード/刷毛が入ったソース・胡椒・塩・醬油・ドレッシング。

 二枚のヘラでヒックリ返すのは、一気にやらぬと失敗する…ヒックリ返してから、暫く待てば、食べごろになる。

 やってみると、なかなか面白いもので、病みつきになる。女性を連れて、鮮やかにヒックリ返すと、感心してくれるのも楽しい。

写真:物によっては餅で囲こむ焼き方もある。

 江戸情緒あふれる染め太郎、キレイな店ではないが、楽しく昭和レトロが楽しめる店である。

 焼き蕎も忘れずに…B級グルメのソース焼き蕎は、日本各地にあるが、染め太郎のは、江戸前ソース焼き蕎の物差しにちょうど良い。