美味しい手頃な天麩羅屋は、粋=イキな構えの店が多いが、銀座通りに面した、この間までの天国は、アットフォームな入りやすい店だった。

 が、令和2年=2020年に、通りを三本ほど裏に引っ越してからは、少しだが敷居が高くなったような気がする。

 が、高級店のようには気取らない天麩羅は、相変わらずで美味しい…ちなみに、池波正太郎が自分の金で、最初に食べたのが天国だったそうだ。

 池波は、天国の掻き揚げ丼が好物だったようだが、麻布の猟友会で一緒だった俳優三橋達也は、天国は天丼だ、と言っていた。

 私は掻き揚げだが、親友三本和彦は、どうやら穴子入りの天丼が好きだったようだ。

 天国は、この天丼のタレにはこだわりがあるようで、継ぎ足し・継ぎ足しだと言うから、明治18年=1885年創業の、初代工夫のタレが、引きつがれているのかもしれない。

 池波正太郎は「天丼はタレが命」…たれが旨ければ、勢いでメシも天麩羅も一気に食べてしまう、と何かの本で読んだことがある。

 

 天国の天麩羅は、高級店のように衣が薄いタイプではない。そうかといって厚くもないが、やや厚めの衣で、その小麦粉にもこだわりがあるらしい…江戸伝来の天麩羅とはこんなものでは、と思っている。

 立派な店で、銀座の天麩羅屋というと、フトコロと相談だが、天国の昼は、天丼1500円、天麩羅定食1600円というから、とりあえずCP高しと言えるだろう。

 私が好きな、特製掻き揚げ丼は3960円と少々高いが、活きの良い海老と貝柱を使えば、高いのも仕方なかろう。

 丼一杯、太鼓のように膨らんだボリュムある掻き揚げは、熟練の職人技が必要らしく…天国では、一発揚げと呼んでいるようだ。20くらい前は、もっと太っていたが。

 蕎麦屋や通常の天麩羅屋のように、後から具や粉を足して太らせるのではなく、全部まとめて三分間、の一発勝負だと聞く。

 明治18年、初代が屋台で産声を上げた天国は、大正13年=1924年に銀座八丁目に、八階建てビルを建て、令和2年に、現在の新店舗に移転した。

写真:新店舗開店直後のノベルティーと表で挨拶の仲居。

 昔からの、変わらぬ味が楽しめるのはありがたいが、八丁目角のビル解体が、最近始まった…子供の頃から通った懐かしいビルが、もうじきに消えていくと思うと寂しいものである。  写真:今はもう懐かしい、この間までの天国ビル。

 もっとも、天国より、も少し新橋寄りの老舗天麩羅屋の橋善のように、無くなってしまっては、更に寂しいが。