アルトが初めて世に出たときは商用車だった…アルトが誕生した1979年ころは、軽自動車市場が不況で青息吐息だった。スズキ、ダイハツ、ホンダ、三菱、マツダ、スバル、どこも売れずに不景気だった。

 そんな時だった、スズキ自動車に就任したばかりの鈴木修社長は「不景気でも安ければ売れる」と考えた…で、マーケットリサーチをすると、新車は売れないが、中古車市場は動きが活発と判った。

 そして中古車市場での売れ筋は40万円~50万円。ユーザーの使用状況を見ると、日ごろ乗っているのは、一人か二人ということも判った。

写真:初代アルト/モデルは小林麻美

 鈴木社長は、次期新車の販売価格目標を45万円と定めた。

 で、目標達成には徹底的コストダウンをはかったから、社員も下請けも大変だったろう…まずバリエーション豊富をやめて単一グレードに。バンパーは鉄のプレスでつくり一番安い灰色の塗料で仕上げた。

 また座席の背面はベニヤ板、後輪は古くさいリーフスプリング。ウオッシャーも電動でなく手押しポンプ型。ドアロックは運転席側だけに…とにかく徹底したコストダウンを実施した。

 そして最後の切り札が、税制の盲点を突いた、商用車としての売りだしだった…御承知のように、商用車は税金が安いうえに、排気ガス規制もゆるやかだから、コストが安いスズキ得意の2ストロークエンジンが搭載できた。

 このように乾いたタオルを絞るように、コストダウンにコストダウンを積み重ねた結果は、残念ながら目標の45万円にはとどかなかったが、47万円という超安値を実現してみせたのである。

 鈴木社長の目論見は見事に的中して、売れゆきは鰻のぼりに上昇…不況にあえいでいた他社も追従して、軽自動車市場は見事に元気を取り戻した…それまでスズキは、排気ガス規制に対して2ストロークで頑張っていたのもラッキーだった。他社は、規制をクリアしやすい4ストロークに切替が済んでいたから、コスト面ではスズキが有利だった。

 簡素な後席の、横開きで僅かに風が抜ける後席窓の商用車規格にそった窓ガラス保護用の縦棒も、黒い塗装で目立たぬようにした。

 新登場のアルトは商用車なのに、見るからに乗用車でみすぼらしさはなく、堂々と乗れる軽乗用車というように、ユーザーにたいする気配りも見える車でもあった…もっとも売れ始めると、バリエーションが追加されていったが。