前回に引き続いて旅行記です。

 

中学生の頃、次の家族旅行の行先が決まりました。北京と万里の長城です。

 

 

それだけでも十分凄いのですが、何とその足で直接エジプトのカイロに飛んでギザの大ピラミッドまで訪れてしまうという、常識のある人ならまず思い付かないような欲張りプランでした。

 

 

もちろん遺跡大好きな母のアイディアです。

子供達は大興奮!学校の休みが始まるのを心待ちにしていました。

 

そんなある日、私と母は何かつまらない事で言い合いになりました。

内容は全く思い出せませんが、この手の揉め事は特に珍しくもありません。

 

ところが今回、母はびっくりするような捨て台詞を吐いたのです。

 

「分かったわ!じゃああなたは今回の旅行に行かなくていいから!」

 

酷いこと言うなと思いましたが、私も売り言葉に買い言葉、

 

「いいも~ん、お母さんと一緒に行くくらいなら留守番してるもん!」

 

と返しました。

 

まさか母が本気で言っているとは知らずに・・・

 

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翌週家族で旅先の大使館に行く事になっていましたが、母は

 

「あ、プー子は行かないって言っているから!」

 

と父に言いました。

 

父は「ほんと?」と私に聞きましたが、私は母の発言にびっくりしたまま何も答えることができませんでした。

 

家族が海外旅行に行っている間中学生が一人で留守番するなんて普通は考えられませんが、当時の我が家には犬猫、小鳥、その他の小動物が複数いましたし、書籍研究や習い事のための部屋も提供していました。このため、家族で家を留守にする時はいつも開拓者の独身姉妹たちがアルバイトとして順番に泊まりに来てくれていたのです。

 

いつもは風呂無し、トイレ共同のアパートで清貧生活を送っている姉妹たちは我が家での住み込みアルバイトを心待ちにしているようでした。

 

私の姉も一度高校受験の時期に家族旅行に行かなかった前例もあり、父は特に不審に思わなかったようです。

 

私は戸惑いました。もちろん、後からでも旅行に行きたい意思を父にはっきり伝えればそれで済んだのですが、意地っ張りの私はまさか母が本気でこんな酷いことをするとは信じられませんでした。

 

きっとそのうち「本当は行きたいんでしょ?だったらもうあの件は終わりにしましょう」と言ってくれるだろうと期待してしまったのです。

 

私は焦りましたが、素直に旅行に行きたいと言う代わりにズルい案を思いつきました。

チャイコフスキーのLPの間に姉のパスポートを挟んで隠してしまったのです。

 

せめて姉と一緒に留守番だったら、両親がいない間に色々面白い事をしながら過ごせると思いました。

 

「お姉ちゃんのパスポート、どこ?!」

 

母が必死で探しています。幸い私が疑われたり問い詰められることは無く、結局その日の大使館行きは中止になりました。しめしめ、うまく行けば旅行自体が中止になるかも…と私は期待しました。

 

しかし、私のズルい作戦は時期が早すぎたようです。

 

姉のパスポートはスピード再発行となり、そのまま大使館に預けられてしまいました。

旅行の準備は着々と進み、もう後戻りはありません。

 

それでも、私は期待していました。

最後の最後になって、母が「ほら、早く荷造りしなさい!」と言ってくれる事を。

 

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そして当日朝、家族はバタバタと荷物をまとめ、タクシーで東京のシティーエアターミナルに向かって出発してしまったのです。私は自室のベッドで天井を見上げながら呆然としていました。

 

行っちゃった。

本当に行っちゃった。。。

 

やがてピンポーンと開拓者のA子姉妹がやって来ました。

若いのに見た目も性格もオバタリアンみたいで苦手な人でした。

 

A子姉妹は早速「家族研究よ!」と言いながら無理やり一緒にものみの塔の予習を強要しました。

きっと予習ついでに私との「研究」を奉仕時間として報告するのでしょう。

うんざりでした。

 

アルバイトで来てくれているとは言え、私がいるのにA子姉妹にペットの世話まで丸投げする訳にはいかないのでそれは私が一人で引き受けましたが、いつも細々と指図するA子姉妹の天下で過ごす2週間は本当に苦痛でした。

 

家族が出発して間もなく妹から絵葉書が届きましたが、筆不精の妹から絵葉書を貰ったのは後にも先にもこの一回だけでした。北京の自転車通勤の数が圧巻である事、天安門広場と故宮の迫力に「あたまがおかしくなりそう」で、明日はついに万里の長城に向かうのだと興奮気味に綴られていました。

 

「あ~~~行きたかったなぁ~」

 

声に出して言うと余計に虚しくなりました。

 

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そしてやっと家族が帰ってきました。

私が心に決めていたのは、今回の件とは無関係な姉と妹にやきもちを焼いたりしないで、感じ良く接する事でした。

 

「お帰り!どうだった?楽しかった?」

 

二人の返事を待たずに母が答えました。

 

「楽しかったわよ~

あなたも行けば良かったのに!」

 

はあ?

 

 

「何言ってるの?

行くなって言ったのはお母さんでしょ!!」

 

 

さすがに声を荒げて抗議しましたが、

それに対して母は一言、

 

「あら?本当に行きたかったんなら行きたいって言わなきゃね!」

 

と涼しい顔で答えました。

 

 

か…完敗…(泣)

 

 

 

完全に私の負けでした。

そもそも何と戦っていたのかが不明です。

 

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姉と妹からのお土産は、

パピルスに描かれたスフィンクスとピラミッド、そして

 

「我登上了長城」

 

とプリントされた、私好みのレトロポップなTシャツでした。

 

ただ、このシャツを着ていると「すごい!長城に行って来たの?」と必ず聞かれるので、やがてタンスの奥に仕舞いっ放しになってしまったのは実に残念な事でした。

 

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あれから何年も経ち、大人になってからは別の目的で中国やエジプトに行く機会がありましたが、いまだに万里の長城とピラミッドは訪れていません。

 

「行かなかった」事を記念にするのも悪くないかな、なんてこの歳になって思ったりもします。