私の母は四人兄弟の三番目でした。

 

長女と長男に続く二人目の女子、そして少し年の離れた末っ子の弟に挟まれていたため両親にあまり注目してもらえず、よく寂しい思いをしていたそうです。

その母がよっぽど悔しかったのか、繰り返し話してくれたエピソードが「お土産を忘れられた事件」です。

 

祖父が仕事でどこかに出掛けて帰宅し、「お土産があるぞー」と子供たちを呼び寄せて一人一人の長所を褒めながらその子のために特別に選んだお土産を渡して行ったそうです。

一通り手渡してから母が、

「・・・私は?」

と尋ねると、

「あーっ!!〇子のこと忘れてたーっ!!ワッハッハーッ!!」

と笑ってごまかされたそうです。

「もうね、お母さん悔しくて悲しくてね、一晩中泣いていたのよ」

と寂しそうに話すのを聞くと、私も母に同情して泣きたい気持ちになったものです。

 

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小学校最後の夏休み、家族でインドのニューデリーに行きました。

家族旅行の行先としてはあまり一般的ではありませんが、母の念願だったタージ・マハルを訪れるためです。タージ・マハルは17世紀に建てられた総大理石の巨大な墓廟で、行ったことの無い人でも瞬時にその美しい白亜の建造物が目に浮かぶのではないでしょうか。

 

 

 

ただ、エホバの証人としてはどうなのでしょうか。

 

何と言っても異教徒の霊廟、崇拝の場所でもあります。

厳密に言えば、いえ普通にアウトでしょう。

 

少し前に我が家に遊びに来たイトコが持っていた「ドラえもん占いガム」を母は問題視し、JWでもないイトコに「これはバビロンよ!悪霊なのよ!」と意味不明の説教をし、ドン引きされたばかりです。

 

母のJW基準は一体どうなっているのでしょうか。

 

良く分かりません。

 

いずれにしても言える事は:

 

1.タージ・マハルは機会があれば是非訪れるべき

2.ただし8月のニューデリーは暑すぎるので止めた方が良い

 

この2点です。

 

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さて観光も終わりインドを発つ日、我々一家はお土産を買うために少し早めに空港に到着しました。チェックインカウンターには誰もおらず、手続きの開始は30分後となっています。座れるベンチも無いので、とりあえず荷物を壁際に移動しました。

 

ここで母が、この時間を利用してお土産を買いに行こうと言いました。

 

「賛成!賛成!」

 

子供達は喜んで手を叩きました。

 

それなのに母は、

 

「誰かが荷物を見ていないとね。じゃあプー子お願い」

 

と言うではありませんか!

 

「はぁ?何で私が?嫌だよ私もお土産見たい!」

 

「10分で戻って来るから。そしたら交代すればいいでしょ!」

 

「え?ちょっと待って!一人は嫌だよ!お父さんは?お姉ちゃんは?」

 

二人とも無情な事に肩をすくめて苦笑いしています。

まるでお母さんがそう言うんだから仕方ないよね、と言っているみたいに。

母は「あなたの分もちゃんと買ってくるから!」と言い残すとこれ以上揉めないように、さっさと家族をまとめて人ごみに消えてしまいました。

 

えーっ!!マジでーっ?!

ほんとに置いて行った!

あの、ここインドなんですけど。

私まだ子供なんですけど。

置いて行くんですか?

心配じゃあないんですか??

 

何度も荷物を置きっ放しにして家族を追いかけようと思いましたが、あまりにも急な展開に判断が出来ず、その場に立ち尽くすことしかできませんでした。

 

仕方が無い、10分って言っていたよね。

だったら10分待つよ。

そしてみんなが戻って来たら、

いっちばん大きなゾウさんの木彫りを買ってもらう!決めた!

10分だもんね・・・10分・・・

10分・・・うん。まぁ15分位はかかるかな?

仕方ないよね・・・あれ?

20分・・・

ちょっと待ってもうすぐチェックイン始まるよ?

あっカウンターの前にお客さん並び始めた!

チェックイン始まったー!

うわっ!どんどん並んでる!すごい人数!!

ちょっとどうするの?もう40分だよ!

 

 

「テッテテケテケパララッ?」

 

 

知らないおじさんが話し掛けてきました。

 

 

「タカラッパパウアッ?」

 

 

良く分からない方向を指さしながら一生懸命話し掛けてきます。

 

え?分からない…

分からないよう~誰か助けて~

 

その様子を見ていたインド人のおばさんがやって来ました。

最初の人としきりに私の方を見ながら何やら議論しています。

 

だんだん野次馬が集まってきました。

全員があさっての方向や私の事を指さしながらガヤガヤ言っています。

もちろん一言も分かりません。

 

どさくさに紛れて手の平を差し出した老人の「バクシ-シ」(お恵みを)だけは聞き取れました。

何人かが「おい止めろよ、こんな子供に」と言いながら老人を追い払ったのも何となく分かりました。

 

私を取り囲んでいる人たちが

私の事を心配してくれているのは雰囲気で分かるのですが、

とにかく不安で怖くて仕方ありません。

目に涙が浮かんできましたが、

泣いたら終わりな気がして必死に我慢しました。

 

「お待たせ~ゴメ~ン」

 

やっと聞きなれた声が聞こえました。

野次馬たちはヤレヤレという感じで私から離れて行きました。

 

「もう!いつまで待たせるの!怖かったんだから!!」

 

私の怒りを無視するように母は、

 

「ほら、これ見て!綺麗でしょう?」

 

と、大判のシルクの布が一杯入った袋を開きました。

姉は美しい木組み細工の宝箱、妹は刺繡が入ったゾウさん型のクッション、そして父は重厚な真鍮でできたひげ剃りのセットをそれぞれ見せてくれました。

 

「あの・・・私のお土産は?」

はっ!!

全員が一瞬息を呑んだのが分かりました。

 

慌てた母が、

 

「ほら、この中から好きなものを好きなだけ選びなさい」

 

と差し出したビニール袋には真鍮製のキーホルダーが一杯入っていました。

 

「これ、お配り用のお土産でしょ!こんなのいらない!」

 

ついに我慢していた涙が溢れてきました。

 

「ずっと一人で怖かったのに!私の事忘れていたの?ひどい!!」

 

人前で滅多に泣かない私ですが、一度泣き出すとかなり面倒くさい奴になる事を家族は知っていたので、全員が何となく距離を取って私に関わらないようにしているのが分かりました。

寂しい事この上ありません。

 

すぐに荷物を持ってチェックインに並びましたが混雑はピークを極めており、なかなか前に進みません。

 

「私も今からお土産買いに行きたい」

 

試しに言ってみましたが、私がいない時に列が進んでしまったらまた後ろから並び直さないといけないからダメだと言われました。

 

「搭乗ゲートの近くにも買えるとこあるから!」

 

と母に適当にはぐらかされます。

 

1時間近く並んでやっとチェックインが終了しました。

誰もいない時に並んでいればとっくに荷物から解放されて、みんなで一緒にお店に行けたのに・・・

 

次のセキュリティーも混雑を極めており、私たちの乗るフライトの時間が近づいてきました。

両親がイライラしているのが分かります。

 

一体誰のせいだと思っているんだよ!!

 

幸い搭乗は始まっておらず全員がホッとしてベンチに腰を下ろしましたが何と、

 

土産物屋のシャッターが閉まってる?

 

何で?まだ昼間だよ?

 

よく見ると、もうずいぶん前から店が閉じられている様子でした。 

 

そんな・・・何も買えないの??

 

ふと見ると屋台のようなジュース屋さんがありました。何やらショッキングピンクの冷たそうなドリンクを提供しています。どんな味なんだろう?

 

「お母さん、あれ飲んでみたい」

 

「生水使っているからダメ」

 

即答でした。

 

母は、ポケットから小銭をかき集めると、

 

「あそこにキオスクがあるでしょう?これで何かお菓子でも買いなさい。お釣りはもういらないから全部お店の人に渡して来ちゃって」

 

インドのお金に詳しくはありませんが、渡されたコインはいかにも価値の低そうな物でした。

 

店のおじさんにそのままお金をジャラッと渡すと、しばらく考えてからバラ売りのキャンディーが入った小さな箱を見せてくれて、指を四本出しました。この中から4個選べるのでしょう、私は派手な色のキャンディーを2個、そしてスペアミントのガムを2枚選びました。今回のインド旅行で唯一自分で選んだお土産でした。

 

****

 

帰りの機上で、私は隣に座っていた姉にスペアミントのガムを差し出しながら、

 

「ねえ、あれ見て」

 

と窓の外を指さしました。

 

パキスタン航空の翼には、誰かが裸足で歩いた足跡がくっきりと残っていました。

 

「キャハハッ!何あれー!!」

 

さっきまで複雑な表情で座っていた姉が嬉しそうに爆笑しました。

 

私の機嫌が直って安心したのか、それとも裸足の足跡がツボったのか、

もしかしたらその両方だったのかもしれません。

 

 

「インドってさ、変な国だったねー」

 

「うん、変な国、変な国」

 

「でも面白かったねー」

 

「うん、面白かった!」

 

 

この空港での出来事以来、母は二度と「お土産を忘れられた事件」の話をしなくなりました。  

 

 

もしかしたら母なりに反省していたのかもしれません。

 

 

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このシリーズ好き。またインドに行きたくなる。↓↓↓