とある日曜日の集会でいつものように退屈していると、突然後ろの扉が乱暴にバーンと開かれた。

振り返ると40代くらいの普段着の男性。

男はのっしのっしと中央の通路を歩きながら左右の座席に目をやる。

そして壁際に座る小柄な研究生のS子さんを見付けると、いきなり

 

「こんの野郎~~~」

 

と憎々しげに声を上げながら、同じ列に座る信者たちをかき分けるようにS子さんの方に突進。

彼女の髪の毛をひっつかみ、通路に引きずり出した。

会館内は騒然としつつも、皆きちんと座席に座ったままなのが異様だった。

数人の長老たちがその男性をやや遠巻きに取り囲むように「まぁまぁまぁ」となだめようとするが、そんな事お構いなしの男はそのまま「帰るぞっ!」とS子さんの腕をがっしりとつかんで出て行った。

 

私はS子さんがその後どんな目に遭わされるのか心配で心配でたまりませんでしたが、誰も二人の後を追うような事はなく、それどころかまるで何事も無かったかのように集会が再開され、演台からはこの件に関して一言も話されませんでした。

 

子供だった私は恐ろしい光景を目の前にして両膝がガクガク震え始めましたが、母は貧乏ゆすりだと思ったらしく、「止めなさい」と注意しただけで、「怖かったね」とか「大丈夫よ」みたいな安心させる言葉はありませんでした。

 

こんな大事件が起きても集会はいつも通り行なわれた訳ですが、うわさの大好きなエホバの証人、その後一週間はS子さんと迫害者のご主人の話題で持ち切りでした。

 

S子さんはこの男性と結婚するために地方から出て来たばかりの、とても若い女性でした。

知り合いもいない東京で孤独だった彼女は、家から家の奉仕で知り合った年上の姉妹と聖書研究を始めましたが、ご主人はこの事を快く思っていませんでした。研究司会者の姉妹は早い段階でS子さんに「サタンがあなたをエホバから引き離すためにご主人を利用するから、迫害に負けないように備えなさい」と言っていたそうです。ご主人はやがてS子さんが集会に行かない事を約束するなら、自宅で聖書の勉強をすることを渋々認めてくれました。しかしS子さんがこっそりと家を抜け出したため、ご主人は電話帳を使って王国会館の所在地を調べ、乗り込んで来たという事でした。

 

さて、次の日曜日の集会の時は玄関に鍵が掛けられました。

S子さんも来ていました。

そして間もなく、扉をガチャガチャさせる音。

 

「コラぁ~開けろ~~」

 

ご主人は扉をドンドン叩きながら叫び続けますが、やがて諦めて帰って行きました。

 

そしてその次の日曜日。

 

再び扉をガチャガチャさせる音に続いて、

 

「今度は負けねぇぞ~~」

 

と言いながら、スコップのような物でアルミ製の扉をガンガン叩き始めます。

柔らかい素材なので扉はどんどん変形していきますが、携帯など無い時代、まるで映画シャイニングのように全員が恐怖に凍り付きます。

あともう少しで穴が開きそうなくらいに扉が変形したところで、

 

「警察です!」

の声。

 

助かったぁ~

 

少し前に子供の虐待を近所の人に通報されて、「サタンの妨害」 だと言っていた信者たちは、今回の通報を「エホバからの助け」だと喜んでいました。

 

S子さんはそれから間もなく、彼女の実家の近くにある会衆の長老一家の元に身を寄せていましたが、その後JWと関わることを止めて自分の意志でご主人の所に帰ったと聞きました。

会衆の人たちは残念がっていましたが、私は何となくホッとしたのを覚えています。 

 

大人しかった、シャイなS子さん。

学生のような、あどけない表情のS子さん。

研究を始めるまでは、主人はとっても優しかったんです、と言っていたS子さん。

 

幸せでいてくれたら良いなぁ。