『 川が増水しています

 

すぐ小学校に避難して下さい 』

 

 

 

 

目の前を消防車が

 

呼びかけながら走る

 

バケツをひっくり返した様な

 

土砂降りの中

 

まだ道までは上がってないけど

 

越水するのは時間の問題だった

 

 

 

 

風雨は次第に強まり

 

山肌をえぐる風は

 

折れよとばかりに杉を左右に振り

 

みんなの目を釘付けにしていた

 

 

 

 

向こう岸の三階建ての旅館は

 

巻き上がった水しぶきで

 

一瞬見えなくなり

 

後でわかったけど

 

屋根が吹き飛んだ瞬間だった

 

風雨は一層強まっている

 

わずか10分後に増水した川は

 

1階の壁を洗ったかと思うと突然

 

 

 

バキ、バキ

 

 

 

その音は波打つ杉林から聞こえた

 

とうとう杉が倒れ出している

 

風上の一本が倒れると

 

下の杉も耐え切れずに

 

2~3本まとめて倒れていく

 

それが山の斜面、風の通り道に

 

何か所も真横に走り

 

無残な傷跡を残している

 

 

 

 

まとめて倒れた杉は

 

全部が折れている訳じゃなく

 

被さった重みで倒れている杉も多く

 

上の木を除いた時

 

下の杉はバネのように跳ね上がる

 

人に当たればひとたまりもなく

 

後日、倒木処理に入った

 

一人の若い自衛隊員が巻き込まれ

 

尊い犠牲となっている

 

 

 

 

川の水位は2階の一歩手前で

 

ゆっくりと下がり始めた

 

雨も小康状態に入り

 

後は倒木と泥の搔き出しかと

 

胸をなでおろした時

 

町の真ん中を二つに割るように

 

縦に一本、山の中腹から川岸まで

 

まるで白い滝のように

 

続いている細い筋が見えた

 

 

 

 

山崩れだ

 

 

 

 

みんな凍りついた

 

あそこはバス停?

 

何軒かあったはずの家が見えない

 

頭の中は真っ白になった

 

 

 

 

遠巻きに消防団や町中の人が

 

駆け付けたが何もできない

 

団長は近づくなと叫び

 

斜面からは至る所で落石や

 

出水が続いていた

 

 

 

 

「 その家の人はまだ中に居るとばい 」

 

近くの人が騒いでいる

 

家を見ると土砂の下に埋まり

 

わずかに屋根が覗いているけど

 

逃げ遅れているのは

 

祖母と母親と娘さんの三人という

 

仕事先から飛んできたご主人が

 

呆然と立っている

 

でも近づけないため助ける事も

 

確かめる事もできない

 

 

 

 

それから何分ぐらい経っただろうか

 

「 声がした 」と

 

その主人が屋根に取りついた

 

彼はその場から離れようとせず

 

一人で土砂や倒木をどかし始め

 

周りも放っておく事もできず

 

やがて全員で現場に入る

 

対岸から別の団員が

 

双眼鏡と無線機を手に持ち

 

山の斜面を注視し続けた

 

 

 

 

時々手を止め耳を澄ましても

 

増水した川の音に搔き消され

 

何より人力だけではどうしようもない

 

重い倒木だけではなく

 

土砂の中も木の根や雑草が絡み合い

 

スコップも入らない

 

 

 

 

町の電業所がユンボを出し

 

倒木でふさがった国道が通ったのか

 

応援に警察や広域消防も駆けつけ

 

自衛隊が持ってきた大型サーチライトで

 

警戒しながらの作業は夜通し続く

 

 

 

 

崖からの出水も町中で溢れ

 

危ない家は避難し

 

昨日とは変わってしまった

 

町の光景を見ながら

 

みんな眠れない夜を過ごす

 

 

 

 

 

 

次の日、昼近く

 

犠牲になった祖母と母親が見つかり

 

もう駄目かと諦めた時

 

大歓声が起きた

 

娘さんは生きて助け出された

 

 

 

 

現場の誰もが拳を突き上げ

 

目頭を熱くしている人も多かったが

 

二人が亡くなっており

 

すぐに静まり

 

気丈に現場を離れなかったご主人は

 

その場に泣き崩れ

 

空を見上げ両手を合わせ

 

 

 

 

 

 

「 守ってくれたのか 」と

 

そう言っているような気がした

 

 

 

 

 


 

 

 

 

( これは今回、故郷を襲ったがけ崩れの様子です )

 

 

 

 

 

今回の九州豪雨

犠牲者は 80 人を超えてしまい

特に球磨村の特養の犠牲は

大変なショックでした

 

職員らは両手に高齢者を抱えて

1時間後、救助の手が届くまで

首まで浸かっていたそうです

山水の冷たさは

私達もよく知っています

1時間は長すぎたのでしょう

 

毎年襲ってくるのに

まだ 50 年に一度の大雨と言う気象庁

やりきれませんが

亡くなられた方々のご冥福を

心よりお祈り致します