やっと昨日あたりから、電話がまともにつながり始めた。
 親戚の安否も大まかだが確認できた。
 
 だけれど、親父の仕事仲間や友達中には、流されてしまった人も多い。
 流された人の死体は瓦礫の中から続々と発見されている。
 しかし、安置する場所がない。
 回収できない。


 親父の友人の一人は、自分の子どもを背負って必死に逃げたそうだ。
 しかし、災害と言うものは簡単に人の命を奪ってしまうのだ。
 しがみ付いていられなかった息子は、流されてしまった。
 
 その友人は流されてしまった。
 息子は奇跡的に手近なものにしがみ付いて生き残った。
 あのまだ凍てつくような冷たい海水の中で翌日までしがみ付いて、生き残ったんだ。
 
 そんな彼は、今も食べものさえままならない状況の中で戦っている。
 生きるために。

 歯痒い……
 私の故郷の人たちが、親類が、友人が、苦しんでいる。
 そうだというのに、私には何もできない。
 テレビの前で悪態を垂れることしかできない。
 私は何て無力なんだ。

 父は今、ライフラインを断たれた小さな町にいる。
 水がない。
 給水車に積んである水はわずか。
 一人に配られるのは、1リットル。
 あの東北の寒い中で何時間も並んで……
 米はある。
 だけど水がないんだ。
 飲み水だけじゃない。
 炊飯するにも料理するにも必要なんだ。
 普通に生活していたら気づかないが、驚くほど水は潤沢に使っている。

 そういえば、阪神・淡路大震災の時、カップラーメンをわざわざ送ってきた人がいるらしい。
 水もガスもないのに、どうやって食べるんだ。
 あのままバリバリ食えと……
 気持ちはうれしかっただろうけれど、それは……

 電気は未だ復旧しない。
 灯油もない。
 ガスも復旧しない。
 夜は相当冷え込む。
 暖房設備が使えないのは、死活問題だ。

 避難所でなくなる人は、おそらくこのままだと増加の一方だろう。

 政府の方々や、自衛隊、警察関係の方々はとてもよく頑張ってくださっている。
 災害現場と言うものは危険が付き物。
 自衛隊の方々は体をはって救助活動をしてくれている。

 それなのに……

 テレビは事実を放送しているのか。

 実際のところ、事実でもあり事実でもないと私は思っている。

 テレビの画面に映すことができるものは限られる。
 最近、地デジ化の影響で多少、テレビの画面が大きくなったとはいえ、まず全体は映せない。
 そして、情報もまた同じ。限度がある。報道員がいるところや、ヘリから映した光景だけである。
 また、倫理上の問題。どれだけの被害が出ているのかを真っ正直に報道すれば、テレビ局は確実に叩かれることだろう。


 私が何が言いたいかというと、報道は、小さな小窓から外を眺めるのと一緒で、あくまで情報のきっかけに過ぎないと言うことだ。

 果たして、今回の震災でテレビで報道されている市町村はいくつだ?
 被害が出て、家をなくしたのは報道されている所だけではない。
 ライフラインを断たれているのは、テレビで報道されている場所だけではない。
 数多くのところで今日を生きるだけでも必死な人がたくさんいる。
 
 報道局が悪いと言っているのではない。
 その情報だけに縛られて、今の状況を見誤ってはいけないと言っているのだ。
 自分で考えて欲しい。
 偏った情報に右往左往せずに、自分で考えてほしい。


 長文失礼しました……
 まるで愚痴見たいなことばかり書いてしまいました。
 こうでもしないと、気が狂いそうで。

 明日は献血に行こうかな……
 


 
 

 東北の地震、とてつもないことになっている。

 マグニチュード8.8って、確か阪神淡路大震災がマグニチュード7.3だったから、もっと規模が大きい……。


父さんとは連絡が取れ、無事を確認することは出来たので、一応一安心。


石巻の親戚の家には動けないばあちゃんがいるし、おばちゃんが一人いるだけ。

父さんは、無事の確認に行った。


途中、道路を走っていたら、道路が『割れた』らしい。

何とか車が渡り着ることが出来て、何とか親戚の家に到着し今は避難所。


親戚のばあちゃんはデイサービスに行っており、避難したときにはまだいなかったそうだ。

避難先で漸く、介護施設と電話が通じて、無事を確認できた。

迎えに来れないかと言われたらしい。

この状況で迎えに行けるのだろうか?


迎えに行くのが筋だけど、この状況では待機が妥当なのでは……。

迎えに行く途中で二次災害に遭ったら大変だ。


無事であってほしい。

祖母を病院に連れて行ったときの話。

医師
「これがさっき撮っていただいた脳の画像なんですが。分かりやすく説明していきましょう。」


「はい。」

医師
「まずはですね、この辺りですが……前頭葉なんですがだいぶ萎縮していっています。」


「そうですね……前よりも進行してるのがよくわかります。」

医師
「あっ、以前にも検査されたんですね。」


「はい。2、3年前に足を怪我したときに、一応撮って頂いたんです。」

医師
「そうだったんですか。」


「はい。」

医師
「じゃあ、続けて説明していきます。」


「お願いします。」

医師
「え~っと……。ここが海馬なんですが……」


「はい。」

医師
「無くなってますね。」


「はい……えっ!?萎縮してるとかじゃなくて、無くなってるんですか?!」

医師
「ええ、影も形もありません……」


人間って海馬がなくても大丈夫なのかな……

生活に支障があるから介護しているんだけど。

でも、ないって言うのはどうなんだろう。そもそも、何で無くなったのかな……

人間の神秘。
脳の一部分がなくても生きられる。場所にはよるだろうけど……

そう言えば大分前に、地雷の事故か何かで頭の片側がなくなってしまった人がいたけど、彼は生きているし。今はどうしてるんだろうか……。

恐るべし、脳医学。
いや、人間の生命力がか。