産後2日ですが、すでに赤子に翻弄されており、あの壮絶だったお産の記憶が薄れつつあります。




たまにトイレに行っていたが、陣痛間隔が短過ぎて、トイレの最中に陣痛が来る。その結果、部屋まで戻れず、立って、壁に手をついてスクワットスタイルで耐えたところ、寝ているより楽だと発見。その後は、陣痛が来ると立ち上がり、陣痛が終わるとベッドに倒れ込むを繰り返す。違う姿勢で陣痛を迎えると地獄だった。
母は、なんやかやゲキ(息を吸って!とか、下がってきてる!とか、子供も頑張ってる!とか)を飛ばしながら、テニスボールで下から肛門を押す&陣痛が終わったら陣痛室のドアを開けて部屋の温度を下げたり、飲み物を渡したり、タオルで汗を拭いたりする係。運動部のコーチ兼マネージャーみたいだった。ナースコールも適宜母がしてくれた。
何度か夫が交代を申し出てきたが、母が頼し過ぎて拒否。あんなに夫にお産の壮絶さを見せつけたかったのに…。夫は、「声が3階まで聞こえて…」とか言ってた。陣痛室2階…。
夫と母によれば、陣痛の合間は白目むいてたらしい。白目むけるんだ、あたし…。
ずっと大便が出そうで出ない感じがあり、いきむなと言われても我慢できずにいきんでいたら、途中で小便が出た感覚。間違えたと思った。30過ぎの女が、半泣きで「うんこ出そう!うんこ出したい!いきまないの無理!うん…おしっこ出たーーー!!」と絶叫した。破水だった。
助産師さんに破水だと伝えられ、その後も出るよと言われた。その通り、何度も出た。しまいには、何かが弾けた感じがして、ドロっと一気に出た。完全破水。ちなみに、毎回絶叫で申告した。
途中、何度か子宮口の開きを確認。いつかわからないけど、4センチ、7センチ、9センチだった。毎回絶望したから、全部覚えてる。
入院してから何度か、「帝王切開は避けたいです!」と申告していたが、終盤、帝王切開にしてくださいと助産師に懇願したらしい。一蹴されたらしい。
色々叫んだと思うけど、「もう嫌だぁぁあ!!うわあぁぁあああん!!!」って泣けたことは覚えてる。
ようやく分娩室に入った。母も一緒に来たけど、途中で出された。最初、分娩台に寝転がったけど、痛みに耐えられず、立ち上がって従来のスタイルで陣痛を迎える。分娩台に再度乗った後は、いきんでいいと言われ死ぬほど嬉しかった。
普通に無理なサイズの物が股の間に挟まって、無理と思ったけど、いきまずにいられなかったので、めっちゃいきんで産んだ。痔になろうが会陰が裂けようがそんなことどうでも良かった。何人かが腹の上から押し出してくれた。分娩室入ってからは、30分くらいで産んだけど、助産師さんのナイスアシストのおかげ。
会陰切開は気付かなかった。産んだ後、ドロっと胎盤が出て、縫われた。普通に縫われるの痛くて、訴えたら、麻酔追加してくれて、全然平気になった。麻酔すごい。
我が子は、出た瞬間、静かだった…少ししてから、微かな泣き声が聞こえて、生きてるのが分かりましたが、そのまま部屋の隅に連れて行かれて何らかの処置。心配しつつ、現実感がなかった。自分のことで精一杯。だって股縫われてるんだもの…。
その後、母と夫が来て、子供と対面。最初、メガネなくて見えず、メガネ掛けても位置関係的に見えなかった。夫が頭の長さと天パを気にしていた。
しばらく分娩室で休憩。すっごい震えが来た。布団かけられたら収まったけど、その夜も、トイレに行くたび寒くて震えた。悪寒戦慄と思われる。
今回の分娩で分かったこと
こうして、人は辛かったことを忘れるから、前を向いて挑戦していけるのね…!!
何それ、こっわ。
騙されない、もう二度と雰囲気とか成り行きに騙されないからな…!!


という訳で、出産当日のレポを書きます。
(前半はこちら)
2月5日
7:00 NST
もう、この頃には陣痛の残りカスみたいな感じになっていた。流石の私も、NSTに不満はありつつ、また一から頑張るか…と思っていた気がする。
その後、部屋に戻って、朝ご飯食べたり、朝ドラ見たりした。
美しい朝ご飯の写真の後恐縮ですが、トイレに行ったら、バルーンの柄が飛び出た。
子宮口が開いたんだと思い、嬉しかった。
9:30 内診
子宮口がどれだけ開いているのかワクワクしながら内診を受けるも、なんと3センチの開き。
私は絶望した。
前日の陣痛、ゆるいつったって、それなりにしんどかった。だって下痢の時の腹の痛みより強いんだもの。間隔だって5分とかの奴がほとんどだった。5センチくらいいってると思ってた。
バルーンも、厳密に言うと抜けた訳じゃなかったけど、もののついでに抜かれた。お腹の違和感がなくなったのだけは良かった。
10:00 点滴で陣痛促進剤投与開始
わりとすぐに5分間隔の陣痛がき始める。これまでよりも痛かったのは覚えているし、陣痛中、夫に腰を指圧してもらったこと、指圧の方法や位置をキレながら伝えたことは覚えている。
陣痛と陣痛の間は、私としては疲れて安静にしていたという認識だったけど、夫曰く、「大いびきかいてた」とのことで、この頃から既に意識を手放してお産に挑んでいた模様。
この後は、1時間毎に薬の分量が増えていったはず。
12:00 昼食
写真を撮る余裕すらなかった。多分夫に食べさせた。あ、デザートのキウイだけ食べた。
12:30頃
母が来て、夫と付き添いをバトンタッチ。この頃、既に3分間隔だったか?
培われた夫の指圧技術が失われて、最初は相当母にキレた。しかし、助産師さんの指導を受けて、母も少しずつ上手に。
ていうか、この後は自我を手放してお産に挑んでいるんで、箇条書きにします。
大まかな流れは、
陣痛(絶叫)
失神
陣痛の痛みで覚醒
陣痛(絶叫)
以下略
…のエンドレスループです
…以上が私の出産です。
その時間帯、私しか出産する人いなかったんで、まだ良かったです。(何が)
本当に辛く、苦しく、人としての尊厳を投げ捨てた体験でした


一応安産の部類なんでしょうけど、人並に苦労して産みました。
その上で思うんですけど、私に関しては、痛みと子供への愛情って何の関係もなかったです。
上述のとおり、産んだ直後は自分のことで精一杯でした…。確かに、こんだけ苦労して産んだ子を取り上げられたら、それこそキレッキレだと思いますが…でも、股から何が出てきたかなんて分からないから、取り違え生じてても普通に気付かないよ…
子供のことがプラスの意味で可愛いなと思い始めたのは、世話をしだしてから。大変可愛いです。世話して2日ですが、今なら見分けつきます
そのほかにも、この痛みを体験して良かったと思えることがほとんど思いつきません。いや、世のお母さん達すごいな!とは思いましたけど、そのためだけならコスパ悪過ぎない??
別にお産なんて個人の好きにしたら良いと思うんで、私の感想もあくまで一個人の物ですが…
私は、普通分娩に特段価値を見出せない女です。
私よ、次回はやめておきなさい。
無痛分娩にしなさい


①麻酔が効く体質。
②3分間隔の陣痛までなら理性を保てる。
③助産師さんはマジでお産のプロ。
④私は肉体的な痛みに圧倒的に弱い。
⑤取り乱すと相当みっともない。
ちなみに、産後の晩御飯はこんなのでした。

