「お前が死んだら、俺ポルカ踊るよ!!」っていう友人に対し、「今日のブログのタイトルをそれにするから」っちゃった手前味噌、タイトルをそれにしたよ(笑)…ちなみに彼は冗談で言ったから決して不謹慎な人じゃないよ!実際オレの事大好きだもんね?ねぇ??え、まさか本気で踊る気じゃ…
なんてくっだらない事を書きたいわけじゃなくて(強制終了)、最近…今日もそのポルカ野郎wに言われたんだけど、「考え過ぎ」とか、「もう少し自分の事を認めなよ」、「もう少し素直になっていいんじゃない?抱え過ぎ」って周りから言われるんだよね。他人にはよく言ってるのに、自分が一番出来てないのがその人たちにはバレバレらしい。
一緒にいる人はなんとなく分かると思うけど、オレは常に疑問や疑心を持っていたい…というか持ってるんだよね。特に自分に対して。だから常に自分の心の中は戦場のようで、その戦いは終わる事がないわけ。
ある意味「素直になる」とか「受入れる」とかそういう作業って「孤独」からの解放な気がする。
疑問を抱くことや、疑心を持つことは孤独をつくる作業と似ている部分があると思う。そして自分自身を疑う事は、たった一人で大勢を相手にするような孤独な戦いに思える。そこには共に戦ってくれる人はいないし、それをずっと行なうという事は、永遠にその「孤独な戦場」で戦い続けること。
正直だから時々自分がいやになる…というか疲れちゃうんだよね、自分自身に。戦っている理由がわからず戦ってるから。あ、別に鬱になるとかじゃなくって…なんていったらいいのかな…「もう疲れた!!」って言っている自分に、自分で必要以上に鞭打ってる感覚?ん~いい例えが見つからないけど、病みはしないから安心して!(笑)
自分を受け入れたり、認めるのは他者を受け入れるより遥かに難しいと思う。だけど、戦場で疲れた身体を癒す事は大事。ボロボロな身体で戦えるわけない。…「素直になる」ってそういうことだと思う。それが今の自分には必要なのかもしれない。分かりやすい例で言えば、戦場で戦ってる戦士が、安心できる場所、家に帰って鎧とか武具をとるような感覚の作業が必要ってこと!「兜をとってぷはぁ(´▽`)」みたいなwオンとオフって言えばわかりやすいのかな?その切り替えって大事!って友達は言う。
今日のポルカさんは、そういうオレの性格の理解や、非言語な部分を受信するのに長けてるみたいで喝をいれてくれたり、言葉にしてないのに「家」みたいな言葉をくれるんだよね。正直救われるよ。ありがとね!
とにかく、もーすこし自分を認めたり受入れる作業も少しずつ実施していこーと思います!