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きょうは、
多賀城市で行われた八幡沖遺跡第7次調査見学会にいってきました。

遺跡のある宮内地区は津波による被害を受け、その復興のための土地区画整理事業が行われることになりました。

今回の調査は、その区画整理により壊される部分を対象に実施されました。

復興事業ということで、調査には多賀城市に派遣されている奈良市の調査員、宮城県に派遣されている長野県・奈良県・山口県の職員が、応援職員として参加しています。

見学会には、およそ100人の人々が集まりました。
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調査では、調査区の西隣にある八幡神社を囲むようにのびる溝が見つかりました。

溝は掘り直しが行われていて、古い段階の溝は近世以前には埋没していたとみられ、新しい段階の溝は17世紀末ごろのすり鉢が出土していることから、江戸時代中ごろまでは機能していたとみられています。

写真の中央付近では、溝の古い段階の部分で、永楽通宝などの渡来銭を束ねた「さし銭」が出土しています。
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調査区の北側では井戸跡がみつかっています。

まだ一部しか調査されていませんが、何枚もの渡来銭が出土しており、どのような性格のものか注目されます。
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こちらは出土した遺物見学のコーナー。

それぞれの遺物について、調査員の方からとても丁寧な説明がありました。

報道もされた「さし銭」はとても注目されていました。
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また、今回の調査で特に興味深いのは、
10~12世紀の柱状高台などを含む土器が、神社西側の試掘調査で見つかっていることです。

この時期の土器は、2年ほど前に岩手の金ヶ崎町で検討会がありましたが、今回出土した土器群もいい資料になるのではないでしょうか。
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神社の境内には、この地に津波が襲来したことを記す、「津波襲来の地」の碑が建っています。

今日は11日。
震災の日から、きょうで3年7か月たちました。


【参考文献】
多賀城市教育委員会 2014 「八幡沖遺跡第7次調査見学会資料」