地震、怖かった!!!
東京でも震度5で、すごい揺れでした。
地震当時、わたしは自宅にいたのですが、嵐の海の船上にいるかのような激しい揺れで、本が崩れたり落ちたコップが割れたりしました。
実家が仙台なので、家族の事が心配でした。
きょうの朝3時に連絡があって、家族も家も無事とのことでした。
仙台に戻りたいのですが、東北新幹線等は動いておらず、テレビを見ることしかできないのがもどかしい。
テレビを見ると、海岸近くの平野の畑や住宅地を津波がおそって、建物が流されたり火災がおきてました。
実家があるのは、近くまで津波が及んだと報道されている若林区役所から北東に3kmほどの場所。
とても心配でした。
宮城のあたりって数十年ごとに大きな地震が起きているのですが、
このように大規模な津波被害が起きたのは1100年ぶりではないだろうか。
平安時代、貞観11年(869)に陸奥国(いまの宮城・岩手・福島)で大地震があって、海から数キロ離れた多賀城(陸奥国の国府)の近くにまで津波が押し寄せたという記録があります。
この記録は『日本三代実録』に記されており、1000人をこえる溺死者が出たそうです。
以下、『日本三代実録』の記述
貞観十一年五月二十六日条
陸奥国、地大にゆり動き、流光昼のごとく陰映す。
しばらくして人民叫び呼び、伏して起つ能はず。
あるいは屋たおれて圧死し、あるいは地裂けて埋もれたおる。
(中略)
海口は哮吼(こうほう)し、声は雷霆(らいてい:激しい雷)に似、
(中略)
たちまちに城下に至り、海を去ること数十百里、浩々としてその涯涘(がいし:陸と水の接する所)をわきまえず、原野道路すべて滄溟(そうめい:海)となり、船に乗るにいとまあらず、山に登るも及びがたく、溺死する者千ばかりなり……
この『日本三代実録』は901年に成立した史料なので、わずか30年ほど前に起きた大地震の記録は生々しい。
いまはもう本当に不安。
政府には被災者の迅速な救助と支援に頑張って頂きたい。
東京でも震度5で、すごい揺れでした。
地震当時、わたしは自宅にいたのですが、嵐の海の船上にいるかのような激しい揺れで、本が崩れたり落ちたコップが割れたりしました。
実家が仙台なので、家族の事が心配でした。
きょうの朝3時に連絡があって、家族も家も無事とのことでした。
仙台に戻りたいのですが、東北新幹線等は動いておらず、テレビを見ることしかできないのがもどかしい。
テレビを見ると、海岸近くの平野の畑や住宅地を津波がおそって、建物が流されたり火災がおきてました。
実家があるのは、近くまで津波が及んだと報道されている若林区役所から北東に3kmほどの場所。
とても心配でした。
宮城のあたりって数十年ごとに大きな地震が起きているのですが、
このように大規模な津波被害が起きたのは1100年ぶりではないだろうか。
平安時代、貞観11年(869)に陸奥国(いまの宮城・岩手・福島)で大地震があって、海から数キロ離れた多賀城(陸奥国の国府)の近くにまで津波が押し寄せたという記録があります。
この記録は『日本三代実録』に記されており、1000人をこえる溺死者が出たそうです。
以下、『日本三代実録』の記述
貞観十一年五月二十六日条
陸奥国、地大にゆり動き、流光昼のごとく陰映す。
しばらくして人民叫び呼び、伏して起つ能はず。
あるいは屋たおれて圧死し、あるいは地裂けて埋もれたおる。
(中略)
海口は哮吼(こうほう)し、声は雷霆(らいてい:激しい雷)に似、
(中略)
たちまちに城下に至り、海を去ること数十百里、浩々としてその涯涘(がいし:陸と水の接する所)をわきまえず、原野道路すべて滄溟(そうめい:海)となり、船に乗るにいとまあらず、山に登るも及びがたく、溺死する者千ばかりなり……
この『日本三代実録』は901年に成立した史料なので、わずか30年ほど前に起きた大地震の記録は生々しい。
いまはもう本当に不安。
政府には被災者の迅速な救助と支援に頑張って頂きたい。