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古城泰(こじょうやすし)という考古学者がいました。

2000年5月に46歳で亡くなりました。
自殺だったそうです。

古城さんは、早稲田大学大学院を出たあと、アメリカのアリゾナ大学人類学部で学び、気鋭の研究者として活躍されていた方です。

アメリカにいた頃は、未確認生物の研究などもされていて、晩年はカンボジアの大学で教鞭をとっておられたという、ちょっと変わった経歴も持っています。

代表的な論文で、型式論や土器編年に関する論文によく引用されている「型式学的方法の再検討」のほか、縄文時代の社会を考える上で重要な研究を数多く行っています。


私が古城泰さんの名前を知ったのは、古城さんの後輩で映画製作に携わっていらっしゃる岡村淳さんという方の自主制作映画『KOJO ある考古学者の死と生』でした。

当時の私の大学の助手が、古城さんの研究に心酔していて、大学でこの映画の上映会が行われました。

映画は、古城さんと生前に交流のあった3人の研究者へのインタビューで構成されています。

カンボジア、フィリピン、日本。
3ヶ所で行われたインタビューによって、古城さんという人間が浮かび上がってきます。
それと同時に、インタビューを受けている3人にとっての、研究するという事とは?生きる事とは?というような問題にも迫っている、とても興味深い映画でした。

映画を観たのは数年前で、もう細かい所は覚えてないのですが……。

最近、古城さんの論文「型式学的方法の再検討」を再読する機会があって、あの映画の事を思い出しました。

それ以来、古城さんってどういう人だったんだろう、ということが気になり出しました。
どうも頭の隅から離れない。映画の記憶が澱のように沈んだままで……。

それで、気になって古城さんの論文をいろいろ読んでみようと思いました。

最初、私はてっきり、出身大学である早稲田から出ている雑誌『古代』か何かに、追悼号とかがあって著作目録でも載ってたりするんじゃないかと思ったのですが、そういうのはありませんでした。

論文を集めながら読んでいくと、なかなか面白い。
土器の製作地の分析から、石器石材の交換組織、そして社会構造に対する考察へと、研究が昇華されていく。
その過程で、「型式学的方法の再検討」が提出される。


とりあえず、私が現在までに確認した古城さんの論文や報告書収録の論考などを、以下に一覧としてまとめておきます。

こういうのを、古城さんとまったく関係のない人間が勝手に作成するのは、果たして許されるのかどうか分かりません。
ただ、今月で没後10年になるというのに、気鋭の考古学者とされた人物であるにもかかわらず、著作一覧すらない状況はなんだか寂しいのです……。

もちろん、こういう物を勝手にまとめたりするのはけしからん、というお声がございましたら、すぐに今回の記事は削除いたします。
古城泰氏論文・論考一覧


1978 「伊豆諸島出土土器の製作地について」『くろしお(伊豆諸島考古学研究会)』3
1978 「縄文土器の胎土分析」『千葉ニュータウン埋蔵文化財調査報告書Ⅳ』 千葉県文化財センター
1979 「縄文中期土器の製作地推定」『八幡山遺跡』 世田谷区教育委員会
1980 「興津貝塚出土土器の胎土分析」『古代探叢』 早稲田大学出版部
1981 “Inter-site Pottery Movements in the Jomon Period”『人類学雑誌』89-1
1981 「No.6遺跡出土土器の岩石学的分析」『木の根』 新東京国際空港公団
1981 「前田耕地遺跡出土五領ヶ台式土器(No.5)の岩石学的分析」『前田耕地Ⅲ』前田耕地遺跡調査会
1994 「高精度年代決定のためのいくつかの方法について(演旨)」『日本第四紀学会講演要旨集』 24
1995 「測定値の平均化とウイグル・マッチング」『第四紀研究』34-3
1996 “Production of Prehistoric Southwestern Ceramics : A Low-Technology Approach” American Antiquity 61-2
1996 「縄文中期における信州産黒曜石の南関東への搬入路」『考古学雑誌』81-3
1996 「復元竪穴住居の煙出し穴について」『貝塚』51
1998 「型式学的方法の再検討」『考古学研究』44-4
1998 「勝坂式期住居址出土土器の数量」『下野谷遺跡Ⅰ』 早稲田大学校地埋蔵文化財整理室
1998 「勝坂式・阿玉台式土器の分布」『下野谷遺跡Ⅰ』 早稲田大学校地埋蔵文化財整理室
1998 「結晶片岩・金色雲母を多量に含む勝坂式土器の分布」『下野谷遺跡Ⅰ』 早稲田大学校地埋蔵文化   財整理室
1999 「縄文中期におけるチャートの交換組織」『考古学研究』45-4
2000 「縄文時代の交換組織」『現代の考古学5 交流の考古学』 朝倉書店
2000 「勝坂式期住居址出土土器の数量(2)」『下野谷遺跡Ⅱ』 早稲田大学校地埋蔵文化財整理室
2001 「アメリカ南西部先史時代プエブロの社会組織」『現代の考古学6 村落と社会の考古学』 朝倉書店
2003 「農耕の起源と人口」『人類史のなかの人口と家族』 晃洋書房


共著
高橋龍三郎・樋泉岳二・古城泰 1998 “Archaeological Studies of Japan : Current Studies of Jomon Archaeology”,『日本考古学』5
古城泰・久保純子 2002 「カンボジア中部、ソンボープレイクック遺跡(7世紀)の調査--1998・1999年度調査より」『早稲田大学大学院教育学研究科紀要』13



他に何か古城さんの書かれたものをご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示頂けると幸いです。