前回のつづき 郡山横穴墓を見学した後、東北本線に乗り槻木駅で下車。 田んぼの中を北へ20分ほど歩いた所に、炭釜横穴墓群があります。 かつては50~60基もの横穴墓があったそうですが、仙台空港建設の際にこの場所が土取り場とされ、発掘調査が行われた後に大半が消滅してしまいました。 現在は一部のみ残されています。

発掘調査では、埋葬された人骨のほか、鉄刀や鉄鏃(鉄の矢尻)といった武具類、金環・貝輪・釧(くしろ、腕輪のこと)などの装身具、土器など、かなり豊富な副葬品が出土しました。 土器の中には、墨書(「至」?)のある土師器が4点含まれています。 これらの横穴墓は、出土品から7~8世紀に造られたとみられています。 この横穴墓群も、かつては地元で「えぞ穴」とよばれていたそうです。

横穴墓の様子。 遺跡の現状は、ややひどい状況です。 風化がひどく、北側の斜面は一部崩落しています。

横穴墓群からの眺め。 遺跡は道路に面していて解説板が設置されていますが、登りにくく急な斜面を登らないと解説板は読めません。 遺跡としては、あまり整備されていないような印象を受けました。

遺跡の遠景。 かつては丘陵の裾に位置していたそうですが、砂取り工事によって大きく破壊され、横穴墓群の保存場所だけが、孤島のように残されています。
次は三十三間堂遺跡を訪ねます。