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前回のつづき……


いよいよ御主殿へ向かいます。

御主殿正面へは「コ」の字形に屈曲する道を登りらなければなりません。
このような構造は、同じ後北条氏の城郭である山中城の北条丸でも類似の遺構が見られ、後北条氏末期の虎口技法と考えられています。
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その途中には門があり、4個の礎石が残されています。

この四脚門は、あるいは櫓門のような上部構造だったのではないかとも推定されています。
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その四脚門を過ぎ、左へ曲がると、御主殿の入り口です。

冠木門が復元されています。
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御主殿の郭の中は、広い平坦地になっています。


御主殿は、1986年~1993年に発掘調査が行われ、15間×9間の大型礎石建物跡をはじめとして、礎石建物跡8棟、道路状遺構8条、溝11条、庭園遺構などが発見されています。

出土遺物の中には、染付や青磁を含む多量の中国製磁器、ヴェネツィア産のレースガラス壷など、海を越えてやってきた貴重な製品も含まれており、戦乱の暮らしの中にも意外に華やかな一面があったことをうかがわせてくれます。
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御主殿の郭の奥に、下へと下る道があり、そこに「御主殿の滝」と呼ばれる滝があります。

私が行った時は、冬だったせいか水量がかなり少なかったです。

この「御主殿の滝」は、落城に際して城内の婦女子が次々に自刃して、この滝の上から身を投げたと言われています。


ここは都内有数の心霊スポットだそうで、お城ではなくて心霊スポットが見たくて八王子城に来る人たちもけっこういるんだよと、ボランティアガイドの方が苦笑いしながら語って下さいました……。
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この「御主殿の滝」のかたわらに、上の写真のような石積みがあります。

この石積みも、八王子城の当時のものだそうです。
前回の記事、橋のたもとの石垣は、発掘によって土の中から現れたものですが、これは土をかぶらず廃城後も400年以上も崩れずにあったわけです。
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上の画像は、グーグルアースで見た八王子城周辺の様子。

八王子城の主城部にある八王子神社の近くからは、高尾山や津久井城山が見えるそうです。

津久井城跡は、八王子城跡から南に8kmほどの所にある後北条氏の連郭式の中世山城です。
3年ほど前に登ったのですが、けっこう大変でした。


これで、今回の八王子城の記事は終わりです。

次はもっと山の上の主城部分を見に行きたいと思います。


【参考文献】
十菱駿武 2009 『多摩の歴史遺産を歩く』 新泉社
東京都教育委員会東京都教育庁生涯学習スポーツ部計画課編 2005 「八王子城跡」『東京都の中世城館(主要城館編)』