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きのう、再び三浦半島をぶらぶらしてきました。

天気はとてもよかったです。


京急三崎口駅を降りて、まずは黒崎の鼻をめざします。

上の写真は、黒崎の鼻です。
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今回のルート。

黒崎の鼻
赤坂遺跡
諸磯遺跡
石堂山

の順で歩きます。
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青い海。

今回は、あまり風はありませんでした。

沖合いには釣り船が何隻も。
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黒崎の台地を振り返ってみました。


写真右側が南、左側が北。

南は急斜面、北も急な崖になっています。
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北側の浜に下りてみました。

砂もありますが、大きな石がごろごろとしています。

付近を歩いてみると、あちこちに土器片が転がっています。
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こんなかんじです。

こんな土器片がいくつも。

壷の破片らしきものが多く、
坏形のものは見られません。
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ちょっと気になって、2つ持ち帰ってみました。

上の写真は、口縁部から胴部上半までがのこっている一片。
焼きがよく比較的硬質で、真っ黒な胎土。
口縁部は外反して頸部はすぼまり、胴部上半は大きく膨らんでいます。ナデ調整で、内面にはロクロ痕がはっきりと認められます。

これとは別の一片は、底部から胴部下半にかけてが残っていて、底部から器壁がかなり急に立ち上がっています。底部外面には糸切痕らしきもの。

新しい時代のものでしょうか。
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『漁村の考古学』という三浦の近現代貝塚の発掘調査のパンフレットをみると、
どうやらこれは、

蛸壺

みたいです。

近代か、あるいは近世ごろのものでしょうか。
現在ではこういうタイプのものは使用されておらず、プラスチックのものになっています。


こういう、近世・近代の蛸壺って、どこで生産されていたんでしょうね。
タコといえば明石が有名ですが、明石では在地で生産されていたそうです。
有名な窯業生産地である常滑なんかでも、近世に赤焼きの蛸壺を作っていたそうですが、この三浦の蛸壺はどこで作られたものなのでしょうか。

どこかにそういう論文とかないものでしょうか。
暇な時にでも探してみたいと思います。


さて次は、赤坂遺跡と諸磯遺跡を訪ねます。


【参考文献】
桜井順也・藤山龍造 2003 『漁村の考古学 ―三浦半島における近現代貝塚調査の概要―』 三浦の塚研究会