
楯築弥生墳丘墓の次は吉備津神社にお参りし、その日は終了。 翌日は、古代の山城である大廻り小廻り山城に行こうと思っていたのですが、天気が悪いようなので、急遽予定を変更して、備前福岡を訪れました。 備前福岡といえば…。 誰もが教科書で一度は目にしたことがありますよね。 有名な『一遍上人絵伝』で、市場を通る道の真ん中で、お侍さん3人組にイチャモンつけられている…ように見える一遍さんの姿。 あの場面で描かれていたのが、ここ備前福岡の市でした。 吉井川と山陽道が交差する場所にあり、「福岡千軒」とも称され繁栄した街は、現在田園に囲まれた静かな町となっています。 ①枚目の写真は、備前福岡の神社境内に建つ、「備前福岡の市跡」の石碑。

はっきり言って、石碑以外は中世の時代を感じさせるようなものは無いです…。 でも、ちょっと面白かったのが、備前福岡の町並み。 広めの道によって、碁盤の目のように綺麗に分けられています。 立ち並ぶ家々はかなり古そうなので、このような町並みは近年の区画整理によるものではないようです。

観光客なんていません。 まあ、ただの住宅地ですからね。 ただ、各所に設置されている案内板(バス停の看板みたいな格好)には、この地に残っている小地名が記されています。 「市場小路」「西小路」「東小路」「殿町」「膏薬町」「茶屋市場」… こういった地名が、本当に中世までさかのぼるものなのかは分からないですが、とても興味をひかれました。 周辺にも、「八日」「土師」など、面白い地名があります。

なんだか良さげな床屋さんもあったしります。

すぐそばを流れる吉井川そばの堤防脇の道から、備前福岡の町並みを見渡してみました。 左側中央の、空き地のようになってる所の隣が、①枚目の写真に出てきた石碑が立っている所です。 「福岡」というと、九州の福岡を思い浮かべてしまいますが、実はこちらの備前福岡の名前が元になっています。この地を根拠地とした黒田氏が筑前へ移った後に、その地を備前福岡にちなんで「福岡」と名づけたのだそうです。 吉井川の河川敷には、黒田氏が拠った備前福岡城跡があるそうなのですが、現在はゴルフ場の敷地内になっているそうです…。

最後の写真。 帰り道に、備前福岡を振り返ってみました。 田畑の中をゆく道が、備前福岡の町まで伸びています。 一遍さんも通ったのでしょうか? それから、今回初めて知ったのですが、現在「福岡の市跡」の石碑の隣の空き地で、定期的に「市」が開かれているようです。 毎月第4日曜日には定期市が開かれていて、けっこうにぎわってるみたいです。 なんと地元の商工業者による共同のお店もつくられ、オンラインショップも開設されています。 下にリンクを貼り付けますので、ご興味のある方はのぞいて見て下さい。 地味な町おこし。 でもなんだか応援したくなっちゃいます。