
前々回に御所ヶ谷古代山城の中門をご紹介しましたが、今回はそれ以外の遺構をご紹介します。 ①枚目の写真は、中門の西側にある景行神社の南に残る礎石建物跡。 梁行3間、桁行4間の東西棟建物。 発掘調査が行われており、土師器片や須恵器片が出土していますが、瓦は出土していません。 調査結果では、この建物跡の役割や年代を特定するには至っていませんが、古代の山城の防御に何らかの関係がある遺構ではないかと見られています。

こちらは、西門跡を北から撮影した写真。 中門に比べて、崩壊が著しいです。

西門跡の東側石積みの様子。 中門と違って、こちらは重箱積みという積みかたです。 よくこんな積み方で、建ってられますね。 あまり堅牢な構造には見えません。 西門跡はまだ発掘調査が行われていません。

こちらは東門跡。 かなり土砂に埋没しており、近年行われた発掘調査でも完掘はしていません。 トレンチで確認された最下段の石材から、東門の北壁の石積み最上部までの高さは約4.5mです。 東門周辺の構造は、城門に至る侵入路をクランクさせたり、城内側に土塁状の高まりを設けて直進を妨げるなど、防御をかなり意識したものと見ることができます。

東門の東側には、このような石列が認められます。 横幅は1mほどの石が用いられています。 さらに東側には第二東門があり、発掘調査で出土した須恵器長頸壺片は7世紀第3四半期ごろのものと考えられており、第二東門や御所ヶ谷古代山城の築造時期を考える上で重要な資料となっています。

最後の写真は、遺跡の北にある住吉池から見たホトギ山。
次回は、古代伊都国の王墓群とされる曽根遺跡群を訪れます。
【参考文献】
小川秀樹 2006『史跡御所ヶ谷神籠石Ⅰ』(行橋市文化財調査報告書33集) 行橋市教育委員会
小川秀樹 2006『史跡御所ヶ谷神籠石Ⅰ』(行橋市文化財調査報告書33集) 行橋市教育委員会