
韓国3日目。 この日はまず定林寺跡へ向かいました。

定林寺跡は百済の泗沘時代(538~660年)に建立された寺院で、扶余市の中心部に近いところにあります。 このお寺の伽藍配置は、中門・塔・金堂・講堂が南北に一直線に並んでいる1塔1金堂式で、中門と塔の間には2つの方形池が東西に並んでいます。

五層の石塔は、かつて「平百済塔」と呼ばれていました。 これは、塔に「大唐平百済国」との銘が刻まれているためです。 660年に唐と新羅の連合軍が百済の都であった泗沘を陥落させた時に、その記念に刻まれたものとされています。 ただ、これはあまりいい名称ではない、不名誉な名称というイメージがあるためか、現在では「平百済塔」という言い方はあまりしないようです。

こちらは、現在復元された金堂内に安置されている石仏。 これは高麗時代につくられたもので、毘盧遮那仏です。 頭や冠は後代につくり直されたものと見られています。 摩滅が激しいですが、以前この金堂が復元される前は野ざらし状態だったそうです。 ん~。なんだか仏像というよりモアイのように見える…。

金堂跡の前で、こんなのを見つけました。 瓦片でしょうか? 摩滅がひどくてよく分からない。 この定林寺跡で出土した瓦で有名なものは、1942年の第1次発掘調査のときに出土した「大平八年戊辰定林寺大蔵唐草」と書いてある高麗時代の平瓦です。 この時の調査と平瓦の銘文から、この寺院は高麗時代に再建され、当時「定林寺」と呼ばれていたことが明らかとなりました。

定林寺跡の東隣には、定林寺址博物館という施設があります。 2年前にできたばかりということで、まだピカピカです。 展示等も工夫されており、出土品も多数展示されていて見ごたえがあります。 ただ、展示の解説はハングルのみなのが残念。 (日本語のリーフレットはあります)