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今日は神奈川県伊勢原市で行われていた、下糟屋・丸山遺跡の発掘調査現地説明会に行ってきました。



下糟屋・丸山遺跡は、伊勢原駅から歩いて20分ほどの所。


中世の城郭、丸山城跡が中心の遺跡です。


丸山城跡は、北を歌川、南を渋田川の両河川に挟まれた台地上に立地している平山城。


かつては、平安~鎌倉初期に活躍した糟屋左衛門尉有季(かすやさえもんのじょうありすえ)の居跡とされていましたが、昭和60年以来いくつかの地点で発掘調査が行われ、15~16世紀の城跡であることが分かってきています。


1枚目の写真は、城の西側の調査区で発見された堀。

断面が逆台形を呈する箱薬研とよばれる堀で、深さは地表面から4~6m、幅は14~15mあります。

写真では、左側が城内側、右側が城外側です。

城外側に、なにやら遺構のようなものが見えますが、これは近代の耕作によるものです。
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グーグルアースで見た丸山城跡(下糟屋・丸山遺跡)


真ん中の木々に囲まれた所です。


南北を流れる歌川と渋田川は、東へ1kmほどいった地点で合流します。


1枚目の写真の調査区は、この図で①の位置にあたります。
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これは①の調査区の南側で見つかった土壙。


北宋銭が出ているので、おそらくお墓ではないかという事でした。
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この写真は、グーグルアースの図では②の地点です。


先ほどの堀のつづきがここでも確認されています。


ここでは、地形に合わせて堀が「折れ」の構造になっています。


これは土塁や堀がちょうど逆「く」の字形になっていて、「横矢掛り」と言ったりします。


城に向かって攻めてきた敵を、2方向から挟撃するための防御的構造です。
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この写真は、先ほどの写真での右奥、城内側に場所を移して北方向を撮影したもの。


横矢掛りの構造がよくわかります。


けっこう90度近い折れかた。


ちょうど曲がる部分には、お墓がいくつか並んでいます。
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この写真は、グーグルアースの図では③の地点です。


①や②に続いている堀の断面。


断面にたくさん線が引かれていますが、これは土の堆積の様子を示しています。


こういう土の堆積を調べるために取る断面図の事を、発掘調査では「セクション図」といいます。


いやー、これは平和的なセクションだ(笑)。


ちょうど去年の今頃は、江戸期の大名屋敷の発掘に参加していて、屋敷を巡る2m近い堀にセクションの線を引いて、土層注記までやらされてました。しかも2面も。何度も掘り返しているために、複雑怪奇な堆積をしている堀には、本当に泣きそうになりました…。


次回へつづく…