
先週の土曜日、文京区向丘で行われている、東京大学埋蔵文化財調査室による発掘調査の見学会に行ってきました。 あまり広報していなかったせいか、見学会に集まったのは20人ほど…。少ないなぁ。 前日の金曜日にも見学会をやったようなので、地元の人は金曜日に来たのかもしれません。 調査地周辺は、日光御成道(現本郷通り)と中山道(現旧白山通り)に挟まれた場所にあり、江戸時代には「駒込鰻縄手(こまごめうなぎなわて)」と呼ばれる御手先組同心の大縄地でした。 「大縄地(おおなわち)」というのは、与力や同心といった御目見以下の御家人たちが、幕府各部署の職場単位で与えられた屋敷地のこと。 今回の調査では、日光御成道に直行する短冊形の屋敷跡が2区画確認されました。

確認された遺構は、建物跡、地下室、ごみ穴、畝状遺構、地鎮跡ではないかとみられる土器皿の埋納遺構などがあります。 写真②は、地下室(ちかむろ)。 江戸の遺跡ではこのような地下室がよく見つかります。 地下室は倉庫などに使われたと考えられています。 地下なので火災にも強く、土蔵などとも併用される事があります。 この調査地の近くの遺跡では、文献調査から地下室の中が植物の温室として使用されていた事が判明しており、この地下室はどういう使われ方をしていたのかは検討中とのことでした。

地下室からは多くの陶磁器が出土しています。 年代的には18世紀末から19世紀前半のもの。 屋敷の引き払いに伴って廃棄された物と見られています。 日用品を主体としており、組成から当時の人々の生活の様子が復元できるかもしれません。 この調査地では、ほかに瓦当部に加賀藩の梅鉢文が見られる瓦や、肥前系磁器や鍋島焼の破片などが出土しています。これらの遺物は、御家人屋敷から出土するのは不自然な物ばかりです。これらは、東京大学本郷地区での建物建設の際に、この地に持ち込まれた物だと考えられています。 明治時代の産廃ってところでしょうか?

こちらは徳利。 表面に「高サキ」と釘書きされています。 高崎屋という酒屋さんの、お酒を入れる徳利です。 この徳利は、使い捨てではなく、店によっては回収されたり再利用されていました。 この高崎屋は、現在でも本郷追分の交差点にあります。 この屋敷地に住んでいた人々が、近所で買ってきたお猪口と徳利でお酒を飲んでいる、そういう情景が浮かびます。
2008/02/02
【参考文献】
原祐一 2008 「東京大学追分新国際宿舎発掘調査見学会資料」 東京大学埋蔵文化財調査室
追川吉生 2007 『江戸のなりたち[2]武家屋敷・町屋』 新泉社
原祐一 2008 「東京大学追分新国際宿舎発掘調査見学会資料」 東京大学埋蔵文化財調査室
追川吉生 2007 『江戸のなりたち[2]武家屋敷・町屋』 新泉社