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田園調布といったら高級住宅街のイメージがありますが、実は都内でもかなりの古墳密集地帯です。


東急東横線・多摩川線の多摩川駅を降りてすぐの所にある多摩川台公園には、10基の古墳が残されています。




上の写真は、その中でも最大の規模を誇る亀甲山(かめのこうやま)古墳です。


亀甲山古墳は全長約107mの前方後円墳。
写真では奥が後円部、手前が前方部です。


発掘調査がなされていないので正確な年代は不明ですが、古墳の形から4世紀後半ごろではないかと見られています。


当時この地域を支配していた首長の墓と考えられています。
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亀甲山古墳の北には、多摩川台古墳群と呼ばれる8基の古墳が並んでいます。


写真は多摩川台1号墳。


かつては円墳など色々な墳形が想定されていましたが、近年の調査によって、隣の2号墳とともに全長39mの前方後円墳を形成する事が判明しています。


元々は6世紀前半に2号墳の場所に円墳が造られたのですが、6世紀後半に2号墳の盛土と周溝を削って、新たに1号墳を後円部、2号墳を前方部とする前方後円墳に造り変えられたのだそうです。


ややこしいですね。


2号墳から先には、3・4・5・6・7号墳、そしてちょっと離れて8号墳があります。
いずれも14~20m程度の小規模な古墳です。
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こちらは、多摩川台8号墳のさらに奥(北西)にある宝來山(ほうらいやま)古墳です。


私が行った時には、なにやら団体さんがいらっしゃいました。
博物館のイベントかなんかでしょうか?


宝來山古墳は全長約97mの前方後円墳。


1934(昭和9)年に宅地造成の際に後円部が一部削られてしまいました。
その際、遺体を納めた木棺を覆っていた粘土槨が見つかり、国産の鏡(四獣鏡)・ヒスイ製勾玉・鉄剣などなど…、多くの副葬品が出土しました。


出土した土器や副葬品などから、宝來山古墳は亀甲山古墳より古い、4世紀前半に造られた古墳ではないかと考えられています。
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また、公園内には古墳展示室という無料の資料館が設置されていて、田園調布周辺の古墳から出土した遺物が展示されています。


そこで販売されているのが、上の2冊。


「大田区古墳ガイドブック」
と
「大昔の大田区」


「大田区古墳ガイドブック」の方は、大田区にある古墳の簡潔な解説のほか、古墳や古墳時代についての簡単な概説書としても使える本。

「大昔の大田区」は、大田区にある旧石器時代(先土器時代)から古墳時代までの遺跡についての解説が、豊富な写真とともに収められています。


その値段が…、
「古墳ガイドブック」が、モノクロ(一部カラー)72ページで200円。
「大昔の大田区」が、オールカラー128ページで300円。


安い。


高すぎる物ばかりの考古学関係の書籍の中で、これは本当に激安爆安ですよ奥さん!(誰?)


ちょっと感動しました。ぜひおススメします。


※一応お断りしておきますが、私は大田区のえーじぇんとではありません。
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これは公園の南、多摩川にかかる丸子橋から古墳群の立地する丘陵を撮影したところ。


多摩川に面するこの立地は、どういう意味があるんでしょうか。


丘陵の西側(多摩川側)は、写真だと分かりにくいですが、けっこう急な斜面になっています。
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グーグルアースの画像。


右下が多摩川駅。


中央やや下に緑に囲まれたグラウンドのような広場がありますが、その下(南)が亀甲山古墳、左(西)が多摩川台古墳群。

右上の、ちょっと黄色っぽい広場の上(北)が宝來山古墳です。


ちゃんと分かりやすいようにすればよかったですね。すみません。