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キャンプから調査地へ行くには、キャンプ横を流れるこの川を渡らなければいけません。


近くに橋が無いので、「いかだ」(みたいなもの)で渡ります。


川にはロープがかけられており両岸の木に固定されています。

「いかだ」はこのロープにつながれており、ロープを手繰りながら川を渡るという仕組み。


「いかだ」の写真は撮り忘れてしまいました…。
言葉だけだと分かりにくいですね。




一度、この「いかだ」とロープをつなぐフックがなぜか外れてしまい、10mほど流されてしまうというハプニングがありました。


すぐロシア人の学生が助けてくれましたが、あのまま流されてしまったらどうなっていたのか…。

国境が近い地域だから、
海まで流される→中国領に漂着→北の工作員に間違われる
なんてことになったりして。
(何てったって奇妙な「いかだ」に乗ってるし…、発掘用の測量機器とか、変な道具もってるし…)
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川を渡ってからは、上のような水びたしの道を30分ほど歩きます。

一部はドロドロになっていて、とても歩きにくい。

やはり低湿地にある遺跡なんだな~という事を実感します。

近代には、この辺りは朝鮮系の人々によって水田が営まれていたそうです。

道の先に緑の茂るやや小高い丘のようなものが見えますが、それがクラスキノ土城の城壁です。
城外の平地に比べて2~3mほど高いようです。
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城壁上から北方を撮影。


城壁の内外は植生の違いによって容易に見分ける事ができます。

城壁上は青々と草が生い茂り、マメ科の植物が紫色の花をつけています。

一方、城壁の外側は一面に葦原(あしはら)が広がっており、初秋の風に揺れるそれは、既に黄色く色づき始めていました。

城内の植生はまばらで、葦の生える所と緑色の草が生えている所と色々で一様ではありません。もしかしたら、植生の違いによって、城内でも建物等の場所をある程度見当をつけることができるかもしれません。
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これが今回発掘する場所。

全体で6m×8mほどの面積です。

東門に付属する甕城(おうじょう)と呼ばれる防御施設の一部を調査します。



さあ、どんな発掘になるでしょうか。
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